中阿含経 四洲経第三
尊者阿難は静かなところで座禅をしてこのように考えた。「世の中で欲望に満足する者は少なく、欲望を嫌って終命する者は少ない。世の中で欲望に満足して、欲望を嫌って終命する者は得難い。」と。阿難は夕方になって仏の所へ行き、仏にいった。「世尊、私はこのように考えました。『世の中で欲望に満足する者は少なく、欲望を嫌って終命する者は少ない。世の中で欲望に満足して、欲望を嫌って終命する者は得難い。』と。」
仏は阿難に告げられた。「その通りだ。世の中で欲望に満足する者は少なく、欲望を嫌って終命する者は少ない。阿難、世の中で欲望に満足して、欲望を嫌って終命する者は得難い。阿難、しかし、欲望に満足せず、欲望を嫌悪せずに終命する者は非常に多い。
阿難、昔、頂生という名の王がいた、転輪王となって智慧があり聡明であった。四種の軍をもち、天下を治めていた。また、七つの宝をもっていた。その七つとは輪転、象、馬、宝珠、女、居士、兵隊この七つである。千人の王子がおり皆端正で勇敢でありよく民衆を統制していた。王は天下を統領するのに武力によってではなく、法をもって統治し、人々を安楽にさせた。
阿難、頂生王は後にこのような考えを起こした。『私はこの地上世界(閻浮提)のすべてを手に入れた。大富豪であり多くの人民をもっている。そして。千人の王子がいる。私のこの宮殿に七日間宝物の雨を降らし、宝が膝に至るまで集めよう。』と。
阿難、この頂生王は神通力をもっていたので、この心を起こして、七日間宮中に宝の雨を降らし、ついに膝に達した。阿難、頂生王はまた次のように考えた。『私は地上世界をもっている。大富豪で、七宝を備え、人民をもち、千人の王子がいる。宮中に宝の雨を七日間降らし、ついに膝に至った。
頂生王はいった『私は古人の言い伝えで西方に瞿陀尼(くだに)という世界があり、その世界は裕福な国で、多くの人民がいると聞いた。私は今から瞿陀尼洲へ行って統治しようと思う。』と。阿難、この頂生王は神通力があるので、空中を飛び、四種の軍隊とともに瞿陀尼洲に到着した。阿難、彼は数万年の間瞿陀尼洲に滞在し、瞿陀尼洲を統治した。
そしてまた次のように考えた。『私は今、閻浮洲を所有し瞿陀尼洲も所有することが出来た。私は古人の言い伝えに東方に弗婆碑陀提(ふつばびだだい)という世界があり、その世界は裕福な国で、多くの人民がいると聞いた。私は今から弗婆碑陀提へ行って統治しようと思う。』と。阿難、この頂生王は神通力があるので、空中を飛び、四種の軍隊とともに弗婆碑陀提に到着した。阿難、彼は数万年の間弗婆碑陀提に滞在し、弗婆碑陀提を統治した。
阿難、彼はまたこのように考えた。『私は今、閻浮洲を所有し瞿陀尼洲を所有し、弗婆碑陀提もすることが出来た。私は古人の言い伝えに北方に欝単曰(うつたんわつ)という世界があり、その世界は裕福な国で、多くの人民がいると聞いた。私は今から欝単曰へ行って統治しようと思う。』と。阿難、この頂生王は神通力があるので、空に乗じて四種の軍隊とともに欝単曰に到着した。
阿難、頂生王は遙か彼方の平地が白いのを見て、諸大臣にいった、真っ白な平地が見えるか。諸大臣は答えていった。見えます大王と。王はいった、お前たちは知っているかあれは欝単曰人の『自然の粳米』で、欝単曰の人の食物である。お前たちと一緒に食べてみよう。
阿難、また頂生王は美しい柵の裹に巨大な美しい樹が並んでいるのを見て、諸大臣に言った『お前たち、あの美しい樹が見えるか。』と。諸大臣はいった『見えます。大王』と。王はまたいった『この樹は衣樹といって、衣のなる樹である。欝単曰人はこの樹から衣を取り着ている。お前たちも衣を取って着てみなさい。』と。阿難、頂生王はこのようにして数万年の長い年月欝単曰に滞在し、欝単曰を統治した。
阿難、この頂生王は後にまたこのように考えた。私は閻浮提をもち、大富豪で多くの人民をもち、七宝と千人の王子がいる。宮中に七日間宝の雨を降らし宝は膝まで積もった。また、瞿陀尼洲、弗婆碑陀提洲、欝単日洲をもっている。
私は古人の言い伝えに三十三天という天界があると聞いた。私は今から行って、三十三天を見ようと思う。
阿難、この頂生王は神通力があるので、空中を飛び四種の軍隊とともに日光に向かって去っていった。阿難、この頂生王は三十三天中の須彌山の上に大雲のようなものを見て諸大臣に告げた『お前たち、あの大雲のようなものが見えるか。』諸大臣は答えていった『見えます。大王』と。王はまた言った『これは三十三天の晝度樹という樹である。三十三天の衆はこの樹下において、夏四月に娯楽を楽しんでいる。』と。
阿難、また、頂生王は遙かに三十三天の須彌山上の南側に大雲のようなものを見て、大臣たちに告げた『お前たち、あそこに大雲のようなものが見えるか。』と。諸大臣は答えて言った『見えます。大王』と。王はまた告げていった『あれは三十三天の正法の堂である。三十三天の衆はあの堂の中で、八日・十四日・十五日に天のため、人のために法を思考し、真理について思考している。』と。
阿難、こうして頂生王は三十三天に到着した。そしてその堂の中に入った。中には天帝釈がいて、頂生王に隣へ座るようにすすめた。頂生王はそこに座った。天帝釈と頂生王は光、色、形、礼節、衣服となんら変わることはなかったが、ただ目の輝きだけが違っていた。
阿難、この頂生王はまた次のように考えた。『私は閻浮提洲を支配下に置き、また瞿陀尼洲、弗鞍碑陀提洲、欝単白洲を支配下に置いた。そして、今三十三天の大集会を見ることが出来た。そして、法堂に入ることができ、天帝釈の隣に座ることができた。私と天帝釈とは少しも変わることなく、違っているのは目の輝きだけである。私は今、天帝釈を追い払いこの座を奪い取って天人の王となり、この世界を自在に統治しよう。』と。
阿難、頂生王がこの考えを起こした瞬間、神通力を失い、瞬時に閻浮提に移動し、瀕死の重病人になってしまった。そして、まさに命が終わろうとする時、大臣たちがいった『人民が大王が死ぬとき何か言い残しましたかと聞かれたら、何と答えるべきでしょうか』と。
そのとき頂生王はいった『もし人民に頂生王は何か言い残しましたかと聞かれたらこのように答えよ。頂生王は閻浮洲を得ても満足せずに命終り、頂生王は七寶を得ても満足せずに命終り、千の王子をいても満足せずに命終り、頂生王は七日間宝を降らしても満足せずに命終リ、頂生王は瞿陀尼洲を得ても満足せずに命終り、頂生王は弗鞍碑陀提洲を得ても満足せずに命終り、頂生王は欝単日洲を得ても満足せに命終り、頂生王は諸天の集會を見ても満足せずに命終り、頂生王は五欲の功徳(色聲香味触)を備えても満足せずして命終った。』と。
ここで世尊はうたにしていわれた。
『天の宝を降らしても欲望を持つ者は飽きることを知らない。欲望は苦であって楽ではない。智慧者はこのように知るべきである。金をこの大雪山のように積んだとしても足りるということはない。天の微妙なる五欲を得ても楽しまず、愛着を断じ、欲望に執着しなければ、等正覚の弟子である。』と。
また、世尊は告げられた『阿難、何を隠そう、この頂生王とは誰でもない過去世の私である。私はその時自分のため利益を求め、人のために利益を求め世間を憐れみ、天のため人のために義及び安楽を求めた。しかし、法を説いて究竟に至らず、清浄を究竟せず、梵行を究竟せずに終わった。その時には、生老病死・啼哭憂戚を離れず、一切の苦を離れることは出来なかった。
阿難、私は今如来になった。私は自ら利益し、また他を利益し、大勢の人を憐れみ利益し、天のため、人のために義と利益を求め安楽を求める。私は今法を説いて究竟に至り、清浄を究竟し、梵行を究竟するに至った。今私は生老病死・啼哭憂戚を離れ、一切の苦から脱することが出来た。』
これを聞いて、阿難と比丘たちは歓喜した。
仏陀の説いた「普遍的かつ客観的な事実」を記した経典より