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罪なきものとは
英語圏などであれば、神に対してsinless oneというのを罪なきものといっても、意味の上では、原意にさほど遠くないであろう。しかし日本語で"罪なきもの"といえば、"他愛のない"とか、"なんてこともない"、という意味になる。"穢れなき"は、その"穢れ"が少し違う。むしろ"邪念なき"か、"純なるもの"、だろう。開悟の高僧などの清浄さであろう。しかし、求道の精進の人に、"おぅsnless one"というのを、日本語で該当(相当)することばが、思いつくでしょうか?もう文化と意識の相違であって、そんなことばはないのではないでしょうか?つまり翻訳できない(日本語での理解ができない)ことばではないでしょうか?だからコンピュータとか化学とかのようにそのままカタカナにして使うか、造語するよりしかたないのかな、と思っています。どうかお教え下さい。
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翻訳のご質問のようですね。 その「求道の精進の人」に向かって、どんな背景・人間関係で、どんな気持ちを込めて"おぅsinless one"とよびかけているのかによって、和訳は変わると思います。 たとえば、話者が自身の罪(?)を後ろめたく感じているときに「求道の精進の人」が登場したのであれば、(おまえ、よっぽどの聖人だなあ)という思いを込めて「よう、聖人さん」「そこのブリッコ」「牧師の卵」などなど、茶化した呼び方も考えられるのでは。 英語に出てくる単語使いの「タイミング」はかならずしも日本語の自然な流れとは一致しませんから、sinless oneが出てきているからとその場で無理に訳さずに、そこは「おい、<その人の名前>」「ねえ」とだけ呼びかけておいて、前後の言葉の端々に話者が相手をsinlessに感じている気持ちを込めていく手法もあるかもしれません。ご参考まで。
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- ANASTASIAK
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西欧の文化を背景にした文脈でのみ意味をもつ言葉です。 日本の文化を背景にした文脈では意味をもちません(聖書の バックグラウンドがないから)。 なので、そのような言葉を見ると、西洋かぶれかわけも知らず に使っているとしか思われません。
お礼
それにしても早速にありがとう御座います。
補足
そうだと存じます。聖書でこういう文言がでてきているとしたら、日本語にはどのように訳出しているのでしょうね。聖書の文言とその箇所がどうも見つけられないものですの。
お礼
早速に有賀と御座います、翻訳というより、読書です。自分と仲間の。
補足
説明がたりませんでしたね。 実はインドの古い聖典の、聖句です。 先生から弟子に向かって、呼びかけていることばです。 ここから神の言葉が開始する出だしです。信仰者を対象にして、日本語にしているのではなく、自分や他の仲間の理解、読書のためなのです。ちょいと思いつかないので、空欄ということが出来なかったので、とりあえず、≪おぅ! 清らかななる者よ、汝わが子、≫と出だしをました。