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『こころ』の「上二」3

 日本語を勉強中の中国人です。夏目漱石の『こころ』を読んでいます。「上二」の中で理解できないところがあるので、教えていただけないでしょうか。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/773_14560.html 1.その時の私は屈托(くったく)がないというよりむしろ無聊(ぶりょう)に苦しんでいた。 (1)「屈托がない」と「無聊に苦しんでいた」をそれぞれ別の言い方に言い換えていただけませんか。私にとって難しい表現です。 2.彼らの出て行った後(あと)、私はやはり元の床几(しょうぎ)に腰をおろして烟草(タバコ)を吹かしていた。 (1)「烟草を吹かす」と「煙草を吸う」とはどう違いますか。前者を使ったほうが煙を感じられるシーンになるでしょうか。  また、質問文に不自然な言い方がありましたら、ご指摘いただければ大変嬉しく思います。よろしくお願いいたします。

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  • hakobulu
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回答No.2

1、「屈託がない」は、「心配が無い。のんきな様子。」を指します。 「無聊」は、「楽しまないこと。つまらないこと。」です。 全体としては、 『その時の私は【のんきだった】というよりむしろ【(毎日が)つまらなく退屈で】苦しんでいた。』 ということになります。 「時間だけはたくさんあったが、その自由時間を楽しんでいたというわけではなく、毎日が退屈で困っていた。」 という意味で、 {【わざわざ】掛茶屋(かけぢゃや)まで出かけてみた}のは、 自分の自由な時間を犠牲にしてまで、どうしても先生に会いたかったということではなく、 単に退屈だったからだ、ということを示唆しているわけです。   2、 「烟草を吹かす」と「煙草を吸う」は、どちらも喫煙という意味では基本的には同じことです。 「吸う」は、煙を吸い込んでその感触を楽しむという幼稚な欲求を主体にしていますが、 「吹かす」のほうは、おっしゃるように口から吐き出す煙をイメージしやすくなっています。 すぐ後に、「その時私はぽかんとしながら先生の事を考えた。」という文が続いていますが、 この【ぽかん】という擬態語で『手持ち無沙汰でぼんやりしている』心境を表わしています。 そのぼんやりしている「私」の周囲に吐き出された煙が、これまたぼんやりと漂っているわけで、倦怠感の相乗効果が醸し出されているということが言えるように思われます。  

awayuki_ch
質問者

お礼

 hakobuluさん、いつもお世話になります。ご回答ありがとうございます。「自分の自由な時間を犠牲にしてまで、どうしても先生に会いたかったということではなく、単に退屈だったからだ、ということを示唆しているわけ」は気づきませんでした。私は単に先生に会いたかったと勘違いしてしまいました。2のご説明を拝見して「烟草を吹かす」は効果的だと感じました。長い質問のご回答に本当にありがとうございました。よく理解できました。これからもよろしくお願いいたします。

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  • mabomk
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回答No.1

>>「屈托がない」と「無聊に苦しんでいた」をそれぞれ別の言い方に言い換えていただけませんか。私にとって難しい表現です 「屈託がない」、、、、「何も心配事が無く取り敢えず緊急にすることもない」状態 「無聊に苦しむ」、、、、「今のところ何の緊急事もない、心配事もない」状態は 「屈託がない」と同じ様だが、「無聊」=「何もすることがない」「閑だ」が高まって 「心配事がない、何もすることがない、のが’却って’心を不安にしている」 ではないかなと思います。 いつも丁寧な日本語の文章に感心の至りです。 (冗談で、「感心の突き当たり」と年配者が時々使います)(感心して、感心して、 何処まで行くんだ、’突き当たり’迄行くんだ)(こんな、変な日本語を 勉強する必要はありません)(爆) 淡雪さんの遠慮気味のお尋ねに日頃私は「不要客気了!」と思っています。

awayuki_ch
質問者

お礼

 まぼmkさん、毎度です。ご親切に教えていただき誠にありがとうございました。「感心の突き当たり」という冗談をいただきます。「恐縮の突き当たり」でお返しして合格できますか^^。  まぼmkさんは中国語もおわかりになる方だと思います。「遠慮しなくてもいいよ^^」に近いニュアンスなら、「不用客気的^^」になると思います。「不要客気了!」は「遠慮なんてもう止めなさいよ!」のような強い口調に聞こえてしまいました。うつ病にかかりそうです……  「不要~了!」は「~なんてもうやめなさいよ!」のようなニュアンスになります。たとえば、お酒が大好きな人に「お酒は体によくないので、これから少なめに飲んで控えたほうがいいと思う」と老婆心から長い時間かかって忠告しました。「わかった」と保証してくれたのに、その後、その人がたくさんのお酒を飲む姿をまた見ました。前回こんなに長い時間かかって忠告したのに、なぜまたたくさん飲んだのかと「焦る」と「怒る」の気持ちが半分ずつ、「不要飲了!」を発すると思います。「飲むなんてもうやめなさいよ!」のように聞こえます。今回の「不要客気了!」はそんなつもりではなかったですね^^。

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