- ベストアンサー
黒澤明の「夢」の「本当にいいもの」って何?
ここには電気は引いてないんですか? あんなものは要らない 人間は便利なものに弱い 便利なものほど いいものだと思って 本当にいいものを捨ててしまう 黒澤明の「夢」という映画に、こういうセリフがありますが、 本当にいいものって例えば何が挙げられますか?
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
ビデオで観たことがあります。 内容はよい夢というより悪夢ですよね。 これは、、、内在している死を日頃人びとは認識しないでいる。 死を認識しないということは、生の存在もあやふや。 ところが悪夢により生と死の狭間に降り立ったとき、死を近くに感じることで、同時に生の存在を強く感じる ということを言いたかったのではないかと。 本当にいいものとは生と死の狭間にたったとき、隠れていた生の存在が出現するということだと思うのです。 つまり本当にいいものとは、生きているという実感。 便利なものでは生が希薄になりがち。 そこで夢というコントロール不可能 つまり 不便に突入させられたことで、逆に得がたいもんを得たという。。。。 と解釈しました。 そしてそれを回答とさせていただきます。
その他の回答 (2)
人の心の在り方です。本当にいいものとは、そこにかかっていると思います。その映画を見てはいませんので、文面だけで答えることしかできませんが。。 一人でいる時間。これはいいものです。 二人でいる時間。これもいいものです。 四人でいる時間。これもいいものです。 だけれど、誰といるのかわからない時間。本音の無い時間。これは、便利だけれど、本当にいいものとはいえない。 建前、便利だけれど、本当にいいものとはいえない。 科学技術と人の心が融和するには、いつも本音を隠さずさらけ出していることほど安全な方法は無いと、私は思います。 覆っているものを剥がす事。 誰もが、自分の本音を見失ってる。見失いかけてる。少なくとも僕はそうです。 嫌々ながら生きている人。 仕方なく生きている人。 生きなければならないと思って生きている人。 死を恐れて生きている人。 意味の無さに心を打ち砕かれた人。 意味はあるのだがそれが分からない人。 特に、時間や距離を埋める便利さのあるところ(車や携帯)には、落とし穴があるのかもしれません。ここぞという場面を、通り過ぎてしまいがちですから。
想像力とか創造力。夢も。 それからゲームとか擬似恋愛とか退屈や欲望を無くすには便利でも、 お互いに満足するような、喜んでくれて自分にとっても喜びになる。 誇りになる。もっと広がりがある方法を模索するキッカケが奪われますよね。 なんかだと思いますよ。
お礼
ありがとうございます。
お礼
ありがとうございます。