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神籠石はなぜ神を籠める石とかくのか

福岡に住んでおります。 福岡と佐賀の県境にある背振山脈には史跡、神籠石があります。実際観に行きますと水路を確保するために作られた城壁・・・の様な物という説明があります。 これが私には判らないのです。 水路ならば、なぜ神を籠める石と書くのでしょうか。 もし、ここに神職を司る人間が篭もるようなところがあったのなら名前の由来も判りますが、そう言ったことは全く書かれておりません。 浮羽にも同じく神籠石がありますが、こちらは水利とは関係ないような場所にあります。こちらはまだ観に行ったことがありませんが・・。 なぜ神籠石なのでしょう。

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  • luune21
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回答No.1

神籠石は、城郭の石垣という説が有力ですね。主に6世紀~7世紀頃造られたようですが、まだ詳細は不明だと思います。 「神籠」という名称は、神域との境界線を指すようです。 しかし、これは各地でそう呼ばれていたわけではなく、たまたま最初に見つかった久留米で神籠石と呼ばれていたため、他のもそう呼ぶようになっただけです。 久留米の場合も、最初からそう呼ばれていたわけではなく、後になって(雰囲気や推測で)名づけたものではないでしょうか。

その他の回答 (2)

  • Bird1979
  • ベストアンサー率48% (114/236)
回答No.3

↓下記URL参考になるでしょうか。 http://www.ne.jp/asahi/wacoku/tikushi/kicou07.htm また同ページ中の「神籠石論争」については、以下が参考になるかと。 http://www.thm.pref.miyagi.jp/I04/data/20000701.pdf

  • ymmasayan
  • ベストアンサー率30% (2593/8599)
回答No.2

ここにも城郭ではないかと書いてありますね。 水路説もあるようですが。

参考URL:
http://www.kouminkan.kaita.fukuoka.jp/bunkazai/kogo/kogo.htm

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