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グリム童話「本当は」なぜ怖いの?

童話とは「子供の教育を目的とした教訓」だと教わりました。 これの正否はさておき 童話の原型は結構、残酷だったり淫靡だったりします。 http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=62295に ―童話のなかに潜む残虐さと暴力、死と性のイメージを浮き彫りにし、人間にとっての恐怖の意味を探る、 という記述もありましたが 子供の恐怖心を煽る「怖い童話」の意図や役割を教えて下さい。

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noname#25358
noname#25358
回答No.3

 「本当は怖い○○童話」の類の本を書いている人や、そういうのを好んで読む人はたいてい勘違いしているようです(あるいはわざとかとも思いますが)。  怖いのは「民話」です(笑)  童話は子供に読ませるために書かれた物なので、怖いと言っても、「赤信号は守らないと車にひかれるよ」とか、そういった教訓めいた恐怖を書いた話が多いのですが、「民話」は違います。  あれらは昔の人の欲望や恐怖を象徴化した、いわゆる「都市伝説」を体系化した物が多いのです。  日本人はたいがい「グリム童話」という言葉を使いますが、グリム兄弟は童話作家ではなく、「民話研究家」です。  グリム全集はあれ、本人が1から10まで考えた話はほとんどなく、たいがいは地方に伝わる話を子供向けに改訂した物なんです。  それが証拠に、彼の話の中でも有名なものの1つである「靴はき猫」(日本では「長靴をはいた猫」)は、さらに古い出典が実在していますし、他の話もしかりです。

noname#155689
質問者

補足

>怖いのは「民話」です ああ、そうですね。その通りかも知れません。では >昔の人の欲望や恐怖を象徴化した、いわゆる「都市伝説」 の意義や役割とは何なのでしょう?という質問は アリでしょうか?

その他の回答 (6)

  • cotiku
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回答No.7

西洋人は子育てが東洋と違って添い寝をしません。そこで乳幼児のころの記憶を孤独で怖いものとして持っていて、怖い話を懐かしみます。ホラー映画などがその流れの上にあると思います。添い寝をしてもらって育った日本人の多くがホラーを嫌がるのはそれなりのトラウマでしょう。 西洋人は自律を教育目標に掲げていて(教育基本法がこれです)、日本人は協調を重視するようです。農耕の定住社会では、特に人口密度の高い日本では共同作業無くして生活することは不可能に近く、共同で効率良い農業を行って文化的な生活をしたので子育てに怖い話をすることは少ないようです。怪談でも悪いことをすると悪い報いがあると教えるのがねらいのものが多いですね。ただの怪奇はそこに至るまでの未熟な段階、あるいは西洋の真似ではないでしょうか。

noname#155689
質問者

お礼

私がホラーを好むのは 親が私を放っぽらかしに育てたからでしょうか。 それはともかく 懐かしむというのは分かる気がします。 どうもありがとうございました。

noname#25358
noname#25358
回答No.6

> という質問はアリでしょうか? ありです(笑)  一昔前の話でいう「口裂け女伝説」に類する「子供の噂」には、人を怖がらせる以外、何の意味もありません。  ここで「意図」や「役割」という言葉を使ってしまうと、「最初に考えた奴は、人を怖がらせることが好きだった」とか、「ある母親が、経済的理由から子供を塾通いさせたくなかったため」といったような、いかにもな結論を出さざるをえないわけです。  こないだ某局の某番組が、この後者の説を真実として説いているのにはさすがに笑いましたが(笑)  しかしこの根底にあるのは、まあ、これもよく言われるように、「人間の持つ恐怖を拒絶する一方で、同時に楽しもうとする心理」があげられるかと思います。  人間は死やその他自分を害する恐れのある物に対する恐怖を持つ一方で、「怖い物見たさ」という真理も持っているわけです。  俺なんかに言わせれば、ジェットコースターに乗るなんざ、まさに「シャレになってない」わけですが、たいていの人にとっては「可能性としての危険」という、楽しいものであるように、やっぱりこの手の「怖い童話」も、「安全だと分かっていてもやっぱり怖い」的な、恐怖を楽しむ雰囲気があるところがあります。もちろん、聞いた本人は決して楽しんでいるつもりはないんですけどね。  そういった意味でこの手の話にあえて「役割」を与えるならば、それは「その話のエンターテイメント性による」ということになるわけです。  もっとも、こう言うとおそらく次に出てくるであろう、「なぜ人は怖い物を見たがるのか」という質問に対しては、面白くもない持論といったようなもの(死の恐怖に対する準備心理など)を展開せざるを得ないので、遠慮させていただきます(笑)

noname#155689
質問者

お礼

どうもありがとうございます。 私も子供の頃は、恐怖を楽しんでいたと思います。 スリルライドは今でも大好きですし。 大人になって、死の恐怖に対する準備心理なのかどうかは分かりませんが 例えば「回路」「A.I.」などの映画の恐さの中に漂う終末感のようなものが 一種の癒しに感じられたりします。

  • rafu
  • ベストアンサー率0% (0/2)
回答No.5

子供の時の恐怖は、ひたすら目に見えないものや想像に起因していたように思います。 だから寄り道をして、フレンドリーに声をかけてきた「オオカミ」は怖くなかったけれど、 お母さんに成りすましてドアの外にいる「なにか」(オオカミ)は、とても怖かった。 どちらも「子供の教育を目的とした教訓」だけれど、 より「怖い」ものの方が、「心」と「行動」に訴えかけると思います。 実際子供の頃、私は誰が来ても玄関は開けなかったそうです。 しかし、童話以外にも子供はあらゆる事から「恐怖」を感じるから、 より強い恐怖を与えるのならば、それを跳ね除けられる「安心」を 大人は子供が求める限り、与えなければならないと思います。 ・・・現在は童話でも何でもその「現実性」が怖いですが。 質問に外れていたらごめんなさい。以上です。

noname#155689
質問者

補足

「怖いもの」の目的は教訓なのでしょうか? もっとファンタズマみたいなことを 個人的には感じるのですが、間違ってますか?

  • farside
  • ベストアンサー率41% (23/55)
回答No.4

むかし、むかし、そのむかし、ぶるーのxxxxx という人がいて、子供の心をべんきょうしたえらいお医者さんでした。そのひとが童話のべんきょうをして、「童話は家族のなかでおこる性、愛、憎しみ、嫉妬などを表現したものだ」といいました。それを聞いてみんなが、ふーんとかんしんしました。ところが、あとになって、ぶるーのxxxxさんはほかのひとがかいた本をこぴーして、じぶんがかいたふりをしたらしいということになりました。グリムのどうわはこわいけど、このはなしのほうがもっとこわい。おわり。

noname#155689
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 でも回答の意図が 私の頭ではよく分かりませんでした。 すいません。

  • nabayosh
  • ベストアンサー率23% (256/1092)
回答No.2

大学の講義で「ドイツ児童文学」というのをとり、そこで知ったことを御紹介しておきます。 グリム童話は桐生操さんがおっしゃるほど残酷ではない、ということです。 たとえば、身体が切れても血も出なければ「痛み」というのがない。 つまり、無痛覚な世界なのです。 初版のグリム童話はお読みになられましたか? 確かに怖いものもある。しかし、それは一部ではないでしょうか。 1番さんがおっしゃっていることも確かですね。 グリムの場合、民話を収集したわけです。それがそのままほとんど改訂されずに出されたのが初版、それから改訂を重ねて第7版まで至ったのです。 そのあたりのところを少し深く調べてみてはどうでしょう。 桐生さんはドイツ語ができるのか、ということを講義した先生は疑問に思っていましたし。桐生さんの解釈は無痛覚的なものではないというのも多少問題です。

noname#155689
質問者

補足

早速のレスポンス、ありがとうございます。 私は桐生操のヤツは、あまり相手にしたくないのが本音です。 ハーレクイーンロマンスみたいだもんね。 私の興味は白水社の「初版グリム童話集」にあります。 倫理観が形成される以前の残酷への憧れみたいなモノに ロマンを感じてしまう自分がいて 思い起こせば、それは子供の頃に聞いたグリムを含む残酷な物語たちで それが教訓とての童話よりも自分のその後の糧になっていると思ったのが この質問のモチベーションになっています。

回答No.1

「童話の原型」って童話じゃないんじゃないですか? 童話として子供向けにする際に 残酷な部分を取り除いたんじゃないかと思いますが。

noname#155689
質問者

補足

早速のお答え、ありがとうございます。 私は親から残酷な方のバージョンを聞かされて育ちました。 最初は残酷まま童話化しているのではないでしょうか?