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賢い人の文章が分かりにくいと批判する人など
たまに「誰にでも分かるように分かりやすく文章を書く人が賢い人だ」という記事などを読みますが、僕はその意見に違和感を感じます。 確かに、一見難しい文章を易しく書いた文章とか発言は大事だと思います。 しかし、例えば数学とか物理とかで誰にでも分かりやすく授業が出来るでしょうか?英語とかでも同様で、誰にでも分かりやすく説明は不可能だと思うのです。 「誰にでも分かりやすく」というのは子供でも分かるようにということでしょうか? 高校数学とか高校物理は出来る人は、そんなに苦労しないでしょうが、出来ない人には苦労するでしょう。これを「誰にでも分かりやすく」説明していないからとバカにするのでしょうか? 哲学者のカントやヘーゲルを「誰にでも分かりやすく」説明するのはまず無理です。 経済学者の文章を「誰にでも分かりやすく」は不可能だと思います。 その為「誰にでも分かりやすく」書いていないから、その人は頭が悪いと評価するのは疑問でして、僕は理解出来ないほうに問題があると思うんですよ。 たまに高校数学の先生の教え方が下手で分からなくなったとか聞きますが、教え方が下手ならば独学で出来ないか?と思うのです。先生が悪いのではなく生徒の理解力に問題があると思うのです。 だって高校数学は基本的に全国どこでも内容はほぼ同じです。微分積分とか、ただ公式を使って増減表を描いたり、積分の場合は曲線の面積や体積を求めるだけです。 皆さんの意見を聞かせて下さい。宜しくお願いします。
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凄くシンプルな話で、要はターゲットに合わせたチューニングが出来ているか? という話ですね。 またこれは文章や発言、要は表現についてのスキルであって、知能に直結するものではありません。 例えば「誰にでも分かるように分かりやすく書かれた文章」と言っても、駅や路上の注意喚起などの不特定多数に向けた注意喚起と、会社内などの通達文、この両者は前提となる『誰』が違うため、当然文章に求められるレベルも変わります。内容とはまた別の問題です。 授業の話の場合も同じで、聞く側の知識や理解度に合わせたチューニングがされていない教育というのは極めて効率が悪くなります。 「先生が悪いのではなく生徒の理解力に問題がある」のも事実ですが、生徒の理解力に合わせた教え方が出来ているか? という話でもあるわけです。
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- kzr260v2
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あくまでも私の印象ですが「誰にでも分かりやすく」の文ができたとしても、その文は「役に立つ内容とは限らない」と思っています。 ずいぶん昔ですが、プログラムを設計する手法として「オブジェクト指向」というものが流行りました。「オブジェクト指向は、プログラムのコードにオブジェクト(物体)のような概念を取り入れ、作ったコードを分かりやすくしたり、再利用しやすくしたりします」みたいな説明をした書籍が沢山たくさんありましたが、それを読んでもまったく役に立たなかったです。 「役に立たない」は、プログラミングをする人にとってもちろんですが、プログラミングをしてない人にも「役に立たない」です。プログラミングする人に役立つ内容にするには、プログラミングをしてない人にとって「すらすら読める」内容ではなくなるでしょう。プログラミングしてない人に役立つ内容にするには、「プログラミングの楽しさ」のような説明や「実際にプログラミングしてみよう」といった内容になり、プログラミングしている人にとっては内容を薄く感じたり、まわりくどい説明と感じるでしょう。 ※ 私も数学は苦手な部類です。数式で説明されても、自分が「理解できている」実感はまったくありません。頑張れば理解はできるのですが、それは「相当の頑張り」です。へとへとになります。なので数式自体の理解は省略して、前後にあるであろう「主旨」や「結論」を読み取るだけにしています。プログラミングで波形を扱うコードを作ったことがあり、当時はその数式とにらめっこしたり、数学ができる人に間違いないか確認してもらったりと、苦労しつつ作成はできました。 自分自身がよくわからないですが、数式を見ると私の中で「思考停止する」という現象が発生しています。 ※ ここの部分は蛇足です。読み飛ばしていただいて構いません。オブジェクト指向の「分かりやすくした内容」を記載しようとしましたが、今更、価値はないと思いました。それならばとAIについてご案内してみた内容です。 現在のプログラミング業界で熱くなっているものは「AI」です。AIの基礎は1960年台にはできていたとされますが、実用化するには現在のハードウェア能力が必要だったようです。具体的には、大量にデータを扱えるようになったり、コンピューターの動作速度が高速になったりしたことです。そしてAIには大量のデータを読み込ませる必要がありますが、そのデータひとつひとつに「AIが適切に理解できるひと手間」が人力で入っています。つまり、プログラムのコードを作る手間はなくなったか少なくなりましたが、意図する動作するために「適切なデータを大量に用意する手間」に変わっただけだったりします。ルールが厳密なチェスや将棋や囲碁ならば人間より高速で適切な処理ができますが、ルールが厳密でなくルール違反が横行している「道路上」では、「事故を起こさない完全自動運転AI」のめどはたっていないです。「人が侵入してこない道」みたいな環境を限定しての運用か、「事故発生を受け入れる」そんな運用が開始されてきてはいます。 私には、数式をすぐに検証できる能力や知識がありません。本来なら「数式を盛り込んだ内容」の場合、「数式に間違いないか」とか「もっと精度の高い数式はないか」などを自分の中で噛み砕けたほうが、より理解が高まるでしょう。これは分かってはいます。しかし私では時間がかかりすぎるのです。そのあたりの「数式を読み込む」は省略させてもらっています。 まとめ 「誰にでも分かりやすくした内容」を要求する人は、調べたり、理解する努力を放棄していると、私は思います。そんな人に、苦労のすえに「誰にでも分かりやすくした内容」を説明しても、結果は同じ(分からない内容と言われる)になる可能性が高いです。どうしてもそんな人に付き合う必要があるなら、その人の「読み飛ばしするポイント」を聞き取り、その人用にカスタマイズして説明すると良さそうです。(私はそんな手間はかけず、その人と疎遠になるほうを選びますが) 以上、参考にならなかったらごめんなさい。
お礼
- takochann2
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「誰にでも」というのは当然「比較的均質な同程度の集団の中で」という事です。全体では理解力や知識は千差万別ですから。その考えを大きく外挿すると、社会の平等(公平ではなくて)であるべきというのは幻想です。 ちなみにだれか宇宙際タイヒミュラー理論を分かりやすく説明できないでしょうか。
お礼