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大名の寵姫が養子をとりあととりに。

中国ではときおり、王や皇帝の寵姫が他の側室が産んだ子を養子にとり嫡子として立てる例があります。 日本ではこういう例はないのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.2

>日本ではこういう例はないのでしょうか? ありました。 正妻が必ずしも男子を生むとは限りませんので、側室の子を正妻の子として跡を継がせることがありました。 実例として徳川家治が側室の子を御台所の倫子女王の子としました。 最後の将軍の慶喜も側室の子を病弱だった御台処美賀子の子としていました。 あるいは、正妻の子とすることで他家へ嫁ぐにせよ養子に入るにせよ側室の子よりも格が上がることから側室の子を正妻の子とすることがありました。 実例として徳川家斉が数多くの側室をもうけ沢山の子女を生ませましたが将来大名家へ養子や嫁として出すことを考えて御台所の茂姫の子としました。子供たちはいずれも将軍の御台所の子として各大名家へ入りました。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 ただ徳川家の例だと自分の好みの側室を引き上げるというより、徳川家の継承に主眼が置かれてるように思います。 日本では男子のできなかった側室が可愛いがあまりというのはなかなかないのかな。

その他の回答 (1)

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.1

 実例は知りませんが、複数の后候補を置き、最初に健康な男子を産んだ女性を正妻にすれば、手間が省けるぐらいの知恵はどこの国にもあると思います。

jkpawapuro
質問者

お礼

すいません、質問の意味を誤解しています。

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