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津波(先人の教え)

東日本大震災における震災遺構に関連する報道を観ていて、震災遺構とは関係しないのですが、ふと、、震災当時、東北地方には、有史以来の津波の経験から、「これより下の地域に住んではいけないという先人の印した標識がある。」という報道がかすかな記憶として蘇ってきました。記憶が定かでは無いので、事実かどうかも分かりません。 このような標識が実際にあったのか???あったとすれば何処にあり、またどのようなものだったのか???ご存じの方がおられたら教えていただきたいと思い質問させていただきました。 標識の位置と震災被害地域との位置関係なども解説していただけると、なお有り難いです。

みんなの回答

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11082/34532)
回答No.3

はい。あちこちに「何年の津波でここまで水が来たから、ここより低い場所に集落を作ってはいけない」なんていう石碑が建てられました。 しかしいずれ記憶は忘れられていくもので、いつしかその石碑の存在も地元の人たちに忘れられていきました。 今回の震災でその石碑の場所まで津波が来たのかどうかは分かりません。 有名な話では、宮城県の平野部の津波が到達した場所は、平安時代の貞観地震のときの津波の到達地点とほぼ同じであったことが地質調査でわかっています。ただそれはその地質調査をした人でさえ「こんなところまで津波が到達するのは極めて異例のことだろう」と思ったそうです。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 しかしいずれ記憶は忘れられていくもので、いつしかその石碑の存在も地元の人たちに忘れられていきました。……報道で、遺構、遺構って騒ぐものだから、もっと昔から、もっと貴重な遺構があったのではないかと思い、ちょっぴり皮肉を込めて質問してみました。 石碑の存在も地元の人たちに忘れられていきました。……狭い平野にひしめき合って、また海を生活の糧として生活をしているわけですから、仕方が無い部分はあるかも知れませんが。 「こんなところまで津波が到達するのは極めて異例のことだろう」……最近は異例なことが増えてきているというか、常態化しているような気もします。

  • tzd78886
  • ベストアンサー率15% (2590/17104)
回答No.2

石碑に刻まれている物でしたら、三陸沿岸を中心に至る所にあるようです。但し、文語調や漢文調の表現で書かれていることが多く、読んですぐ理解できる人は限られているでしょう。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 石碑が至る所にあるのですね。しかも、文字まで刻まれているのですか???私は、あったとしても石標か何かが置かれている程度のものかと想像していました。 石碑が至る所にあるということは、先の東日本大震災に限らず、有史以来津波の常襲地帯だったのかも知れませんね。

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.1

1。このような標識が実際にあったのか?  あったと報道されたのは覚えています。 2。あったとすれば何処にあり、またどのようなものだったのか???  木か岩だったような気がしますがはっきりとは覚えていません。 3。九州にある父方の故郷で見聞きしたことなのですが、その場所に長く住んだことのある人には〇〇(例えばうわいで(清水からの飲み水を通す溝)より上は台風の危害が大きいから家は建てない。  △△(例えば米を精米する水車小屋)より下は、津波の心配があるから家は新築しない。日本は地震国で台風列島ですから、こういう制限は全国にあります。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 あったと報道されたのは覚えています。……私の記憶間違いではなさそうですね。 現在は各種のハザードマップも充実してきているので、先人の教えなどは必要なくなったのかも知れませんが、報道で、あまりにも震災遺構のことが協調されているので、過去の遺構はどうなっているのだということが気になった次第です。結局先人の教えを守らなかったのではないかと???

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