自然な日本語に添削していただけないでしょうか。(『中国人が見る日本語の「ですます調」』)
日本語を勉強中の中国人です。文章力をつけたいので、作文の練習をしています。今日、私が2006年に書いた作文を見つけました。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。
中国人が見る日本語の「ですます調」
日本人の友人に次のような質問をされたことがある。中国の人はなぜ「ですます調」で話してばかりいるのか、という質問だった。友人の話では、日本の住まいの近くに、とても仲が良い同年代の中国人がいるそうだ。お互いに子どもがいる女性なので、共通の話題も多く、よく一緒に散歩したり、食事したり、買い物したりして、とても仲が良いと言っていた。ただし、友人が不思議に感じたのは、もう何年もの付き合いだったが、向こうは「ですます調」抜きの調子でしゃべってくれたことがない。
「ですます調」は丁寧、礼儀正しいというイメージを与える一方で、疎遠な間柄も感じさせるかもしれない。しかし、私はその中国人は私の友人と仲良くになりたくないわけではないと思う。たぶん、日本語を勉強した時に、「ですます調」の教科書を使っていて、もう「ですます調」に慣れてしまって、なかなか頭から離せないのではと勝手に推測した。
初対面の時に、ビジネス世界の中で、尊敬するべき相手など、「ですます調」を使うべきであると日本語の教科書で読んだことがある。礼儀正しい印象を与えるためなのか、日本語の教科書の会話もほとんど「ですます調」となっている。先日、日本語を勉強中の友人の日本語の教科書を見てびっくりしたのは、いまの日本語の教科書は単語自体も「ですます調」の形で単語一覧表に掲載されている。たとえば、「行く」という単語は「行く」のまま単語一覧表に列挙されたのではなく、「行きます」のような形となっている。
私自身も「ですます調」のすごい経験談があった。友人の主人の会社の上司に、休みの日に中国語を教えることと頼まれた。年齢的には、父と同じ年代の人なので、最初の時は、「ですます調」のような話しかたをした。その上司もたしか初対面の時は、私に「ですます調」を使ってくれた。しかし、二回目か三回目から、その上司はすでに全部「ですます調」抜きの口調になった。とても親切な人で、私のほうこそ、日本語、日本のことをいろいろ教えていただいた。たぶんその上司は私と仲良くになりたかったので、「ですます調」抜きの口調をしてくれたのではと思った。私もその上司と仲良くになりたかったので、四回目か五回目からも「ですます調」を省いた。たぶん、そのようなしゃべり方が望ましいだろうとも思った。
私の友人、私の友人の主人、その上司と一緒に食事をする時に、私とその上司はいつも「ですます調」でしゃべってるので、私の友人はもちろん私たちは中国語の授業に限って、「ですます調」ではなかったことは知らなかった。ある日、偶然に友人にその上司の中国語の上達ぶりについて聞かれた。すると、「とてもまじめに勉強しているよ、友達感覚で話すようになったし」と私は答えた。「友達感覚で話すようになったって?」と友人に聞きなおされたら、『つまり、お互いに「ですます調」抜きのしゃべり方だよ』と私は言った。「へぇ~、本当?」と友人に大笑われた。友人の話では、私は年下なので、その上司は私に「ですます調」のような話し方をしなくても良いそうだ。しかし、私から「ですます調」抜きのしゃべり方をすると、「彼女と思われるよ」と冗談混ざりに言っていた。私はこれを聞いてからとても恥ずかしくなり、そのごの中国語の授業から、また「ですます調」に戻した。その上司は私が「ですます調」を使わなくなった時も、またその言い方に戻した時も、態度はぜんぜん変わっていないのだが、きっと心の中で何かを考えているのだろう。しかし、私はもう恥ずかしくて聞く勇気がない。
友人の「彼女と思われるよ」なんての話はもちろん冗談なのだが、日本語の「ですます調」抜きのタイミングは難しいと痛感した。私はお互いに友達なら、年上の人に「ですます調」抜きの話し方をしてもいいと思ったから、上のようなみっともない話になった。その考え方は間違えたかもしれない。
面白いことに、電話の中では、普段会った時に、「ですます」抜きで話してくれた日本の人は私に「ですます調」を使うようになった人もいる。たぶん、電話は距離感を感じさせるもので、やはりもっと礼儀正しい話しかたをしたほうが落ち着けるのだろうか。
中国語の場合は、親しい人と敬意を払うべき相手によって、言い回しをほとんど変えないので、日本の人の頭の構造はすごいなといつも思っている。日本の人は言葉に出る前に、「ですます調」を使うかどうか、まず頭で判断しているようだ。
お礼
ありがとうございました。