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島崎藤村・初恋--「そめし」の意味
島崎藤村の初恋の一部なのですが、 誰が / 踏み / そめし / かたみ / ぞ / と の「そめし」とはどんな意味ですか? 林檎畠の樹の下に おのづからなる細道は 誰がふみそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ りんご畑の 木の下に 自ずと できた 細い道 は 誰が 踏んだ 思い出の種 だ と たずね なさる のが とても 恋しい 自分なりに「踏んだ」と訳してみました。 ご指摘があればご教授ください。 お願いします。
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えっ! No.1の方、間違っておられませんか? 「そめし」は「初めし」と書きますので、 「まだあげ初めし前髪の」は、 「髪の毛を上げたばかりで、日にちがたっていない」 という意味のはずです。 したがって、「誰が踏みそめし」は 「誰が初めて踏んだ・・・」と解するのが正しいのではないでしょうか?
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- kzsIV
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藤村の「初恋」の訳、今まで次のQ&Aがあります。 質問No.2415550 質問No.3847267 質問No.7928539 古くは第3連がネックになっていたのですが、最近は第4連がネックになるようですね。上記の質問関連でも第4連の訳に集中して、深読みが行われています。 第3連のネックは、「こころなきため息」「髪の毛にかかる」「恋の盃」「君が情け」という言葉が(内容ではなく)初恋を謳うには艶ッぽすぎる、という考え方です。 ある晴れた日、リンゴ畑であの人に会いました。木のもとに未だ初髪上げの前髪が見えた時、玉櫛のように花のある人だと思いました。(それまでは私と同年齢の子供と思っていた人が、大人になった姿を見て、美しいと感じました。) あの人は、優しく白い手を伸べてリンゴを私にくれました。薄紅色の秋の実は慕わしく、初めて私は人を恋するようになったのです。 はしなくも出る私のため息があの人にかかると、あの人の優しさが私に恋の喜びを悟らせたのだと感じました。 リンゴ畑の、ごく普通に出来た木の下道を歩きながら、「この道を最初に歩いたのは誰でしょうね」と、あの人は何ということもなく些細な質問をしました。 (それは、きっと僕達のような若い……) (だから、やがては、いつか二人……) などと答える事もできず、木の下道を出て、………ただそれだけの事です、私の初恋は。 だからこそ、些細な質問が、今でも恋しくて、忘れられないのです。
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- Nebusoku3
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初恋の気持ちになって読めば状況が分かると思います。 そめし は 初めし ですが、この場合は、 誰が ⇒ 自分の慕うあの方が・・・ とほのかに 恋する人を想像し、転化している ふみそめし ⇒ 踏み初めた 単に 踏んだ と意訳すれば良いと思います。(実際はこの道を行き来した。 だろうな、といったニュアンスでしょう。 この道を最初から行き来してその後が残っているのさえ恋しい気持ち) かたみぞと ⇒ 形見であろうかと・・・ 結果的には質問者さんと同じ解釈になった様です。
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りんご畑で会って木の下を歩くデートを重ねているうちに いつのまにか道ができてしまった。 「この道を踏み固めたのは いったい誰が始めたことでしょうねえ?」 などと彼女がかわいいことを言うので 僕はメロメロになりました。 という詩です。 「誰が始めたんでしょう?」というのは当然わかってて聞いてます。 私たちが二人でいっしょにここを通るようになったから そしてそれがずっと続いてきたから こんなふうに道ができたのね。 彼女も二人の交際を嬉しく、誇らしく思ってくれてるんだなあ ということがそこからわかるので、僕はまた彼女が恋しくなってしまうのですね。 「踏みそめし」の「そめ」は冒頭の「上げそめし」の「そめ」と同じで 最初に~する、~し始めるという意味でしょう。
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https://www.youtube.com/watch?v=gaVloeuQuh0 まっ 染め装束を纏ったって事なのだが 詩にする時は身体全身が恋の衣になった・・くらいの表現です・・
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