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きみはヨブを見たか。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  神はヨブが試されることを悪魔に許した。  ヨブは試された。  悪魔は困惑させられた。  ヨブが神を自由に礼拝すること 神を自由に愛することを見出したからです。  神がヨブに何か〔力〕を与えたもうからではなく 神ご自身がヨブから去りたまわなかったからであります。  ヨブは言っております。    主は与え 主は奪う。主はみこころの通りになされる。    主の御名はほむべきかな。(1:21)  と。試練の火はかれに迫った。  しかし その火はヨブが藁ではなく金であることを発見した。  その火はそのものから不純物を取り除き 灰には変えなかった。  (アウグスティヌス:Sermones 共観福音書説教 マタイ 説教91 茂泉昭男訳 )  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    なおここから出発したい。  さらにこれを哲学のことばで表わして行って欲しい。    ○ 能天気  ○ 聖なる甘え    むろんヨブやアウグスティヌスへの批判をもまったく自由にお寄せください。

みんなの回答

回答No.2

禁欲主義→善悪の彼岸→生命肯定 死に至る病→十字架→よみがえりであり命である。 これはイエス・キリストっぽいと思ったのだがどうだろう。 死に至る病。絶望であり、それはキリスト教である。 キリスト教に感染して、死んでしまう。病気だから医師が必要になる。その後、復活。 死んだもののように生きる。 ヨブ記は死と復活というキリストの構造になっているのかな。 ヨブ記の内容忘れてしまった。 新約聖書でイエスがパン。 ペトロが石。サタンと呼ばれたりする。 すると荒野でイエスがサタンに石をパンに変えろとか言われる場面は たんに、断食で空腹以外の意味があるのだろうか。 パンのみに生きるにあらず。神の言葉によって生きるとか。 聖書に書いてあるとか。 仏教の話をしないとなぜか私に苦情が来るのだが パスカルとか関係なくないか。 断食の末、死にそうだったゴータマは、スジャーターからご飯をおごってもらう。 五比丘はそれをみて、あきれて去っていくのだが。 その後、ゴータマは体力を回復して、菩提樹の下で覚りました。 その後、縁起を観察。うるさい人は、覚りと縁起を区別する。 説法はしないつもりでしたが、梵天が説得して旅立つ。 アージーヴィカ教徒のウパカには相手にされないが、 五比丘に初転法輪。仏教始まる。 個人的にスジャーターの役割がとても大きいと思うのだが、 女性が救済者になるという意見はあまり扱いがよくなかった。 あくまでゴータマでしょうみたいな。 まあ、降魔成道でマーラの娘とかが出てくるけれど。

bragelonne
質問者

補足

 何がどうだろうだ。

回答No.1
bragelonne
質問者

お礼

 ★ ヨブ・トリューニヒト(Job Trunicht)は、『銀河英雄伝説』の登場人物。  ☆ おもしろいの?  

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