- 締切済み
イギリス軍制服の変遷について
イギリス軍の制服って他の国に比べても種類が多いですよね? 新しい型を作っても、古い型をそのまま正装や礼装として採用したりしています。 他の国の軍服の変遷を見てみると、新しい型を取り入れる際は古い型はその後使用されていないようでした。 なぜイギリス軍だけどんどん種類を増やしていく方向で変化していったんでしょうか?
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
みんなの回答
- armypadre
- ベストアンサー率0% (0/0)
私はイギリス軍、特に陸軍の制服のコレクターですが、特に多いとか増えたということを感じたことはありません。 例えば、陸軍では現在はフルドレスとNo.1~14の14種類(No.5はなくなったため欠番)がありますが、多くは戦闘服やバラックドレス(営内服)等で、「制服」に分類できるのは8種類しかありません。 このうち、二つはメスドレスなので6種類と言ってもいいかもしれません。 そもそも多くはないのです。 かつ、100年前と制服の種類の構成は基本的に変わっておりません。 逆に、No.2ドレス(勤務用制服)は1980年以降には二種類あったスコティッシュパターンが統合され、2005年からの最新型FADでは将校用と兵用が統一さえされてしまいました。 さらに、部隊の数も統廃合で激減しており、それだけでも種類は非常に少なくなっていると思います。 「古い型をそのまま正装や礼装として採用」とありますが、当初は礼装と勤務服と戦闘服は同じもので、これが分かれていくけれど礼装は礼装で、勤務用は勤務用でと残っていくのはどこの国でも同じではないかと思います。
- mm058114
- ベストアンサー率30% (102/337)
失礼します。 制服マニアではないので、詳しくはないのですが、 旧日本軍では、数種類同時に使われていました。 作戦地域により、防暑服や防寒着が作られたのは当然ですが、 兵隊は、支給品なので、一斉ではないですが、 支給順位として、一個師団、被服廠毎なので、内地部隊、関東軍など、 総軍単位での順位があり、全軍としては、過渡期は存在しました。 一個師団の作戦の例としては、日露戦争において、 通常作戦も、儀礼被服の黒に赤い大きなライン入りの近衛師団は、 狙われやすく、被害も大きかった為、 戦争中に一般師団と同じカーキ色の物に、師団全体で交換されています。 また、士官以上は、自費なので、ある程度好きなように着ました。 礼服は決まっていましたが、 一等服、戦闘服などは、新旧許されており、流行がありました。 陸軍なんかは、支那事変中に、一等帽が戦闘略帽に制定されましたが、 ひと昔前の角帽が流行り、多くの士官が着用していました。 戦時中に、戦地の将官などは、略帽をかぶり始めましたが、 内地部隊の者達は、好んで、ひとつ前の世代の角帽が流行りました。 上着も新旧により、階級章が、肩章だったり、襟章だったりします。 襟に連隊番号のついた形の物が流行しました。 とういうわけで、士官以上は、制服自弁なので、 経済的にすぐには交換しなかったり、 流行で好きなものが、ある程度過渡期として、許されていました。 イギリス軍の制服の場合は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドで、それぞれの制服があったのではないですか? イギリスと一口に言っても、連合王国なので、国別、作戦地域別、過渡期、を考えると、たくさんあるのが、普通じゃないですか? それを、どんどんと思われるのではないでしょうか?
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11074/34521)
>イギリス軍の制服って他の国に比べても種類が多いですよね? どうでしょうかね。制服マニアではないのでそこまで詳しくないですが、アメリカ軍の場合はまだ歴史が200年くらいしかないですし、日本やドイツの場合は体制が変わって、旧体制を彷彿とさせるデザインはマズいという事情の国もあります。ロシアなんかの場合はソ連時代のデザインだと旧体制のイメージが強いというようなこともありますね。 そんなこんなを考えると、イギリス軍は中世からこの方ロイヤルネイヴィーでロイヤルアーミーなので歴史がある上に「古いデザインのイメージを消したい」という事情はないというのはありますね。 種類が増えるのはいかにも英国らしいですよね。イギリス人はとにかく古いものを使い倒したがります。複葉機のソードフィッシュを第二次大戦が終わるまで使い切った国ですからね。「新しいデザインはそれはそれで構わないが、古いデザインを使わないのはまかりならん」なんていってるうちに種類が増えていったのではないでしょうかね。