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古墳の被埋葬者の男女数。
古墳の被葬者は、圧倒的に男性が多いのですか。 発掘された被葬者について何か具体的な数字はありますか。 よろしくお願いします。
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「何か具体的な数字」と仰るのが、古墳時代全体の男女別数・比率だとすれば、 ド素人の私には手が出し辛いので、中途半端投稿になりますこと御容赦下さいm(_"_)m 御提示URLと重複しますが… 〇「古代日本の歴代遷宮と家族・親族システム/阿部一」 『東洋学園大学紀要 21/2013-03-15』(17-35頁) http://ci.nii.ac.jp/naid/110009576031 <6/20> …田中はまた、単体埋葬(ひとつの古墳に一体だけ埋葬)された遺体と、 複数の遺体が埋葬されている古墳において最初に埋葬(初葬)された遺体について、 その男女比を調べた。 単体埋葬された遺体と複数埋葬の初葬された遺体は、 その古墳を造営する契機となった人物であり、 一族にとって家長といえる存在であったと推測される。 その男女比は、おおよそ5世紀後半以前において、男性6:女性4であった[29]。 したがって古墳のデータからも、5世紀代まで、少なくとも有力農民層においては、 キョウダイの絆が強く、男女の地位にあまり差がなかったことが明らかである。… <8/20> …単体埋葬された遺体と複数埋葬で初葬された遺体の男女比は、 それまでの男性6:女性4から、おおよそ5世紀後半以降は男性8:女性2の比率に 変化しているのである[33]。 一方、首長クラスの古墳は、古墳時代中期(5世紀)になると女性首長の数が減少する傾向 がみられるとともに、副葬品として武器(鉄鏃)・武具(甲)の比率が増加している[34]。… ※[29]田中良之(1995)ポテンティア叢書39 『古墳時代親族構造の研究―人骨が語る古代社会/柏書房』(222-223頁) ※[33]同上(222-224頁) ※[34]清家章(2010)『古墳時代の埋葬原理と親族構造/大阪大学出版会』(203-205頁) 上記では、単体埋葬と複数埋葬の初葬に関して「5世紀後半以前、男性6:女性4」 「5世紀後半以降、男性8:女性2」と男女比率だけですので、 具体的な事となりますと、 上記『古墳時代親族構造の研究―人骨が語る古代社会/田中良之/柏書房』 などに当たられるか、あるいは 〇田中良之のページ http://scs.kyushu-u.ac.jp/qtanak/ >著書・論文のページ http://scs.kyushu-u.ac.jp/qtanak/ronbun/tanakaronbun.html >その他の文章 http://scs.kyushu-u.ac.jp/qtanak/sonota/zatubun.html などを足掛かりにするしか無いのかもしれません。 一方、下記で引用された「古墳時代前半期の古墳出土人骨の性別と割合」グラフ (真壁葭子「古墳と女性」『歴史評論』四九三、一九九一年五月)では、 具体的な古墳場所は特定出来ないものの、古墳時代前半期の 大型古墳(中心の埋葬)と中・小古墳(小石室・箱式棺)ともに例数・比率明記の結果、 男女別の例数が一応は逆算出来ます。 ただし、複数埋葬では、初葬の特定や、一部につき性別の特定も出来ません。 〇「古代日本女性の栄光と没落/坂元義種」 『龍谷大學論集 第470號/龍谷學會/2007-07-30』(53-74頁) http://repo.lib.ryukoku.ac.jp/jspui/handle/10519/3194 <2/22> <古墳時代前半期の古墳出土人骨の性別と割合 真壁葭子「古墳と女性」『歴史評論』493> ・大型古墳(中心の埋葬)/46例 ♂(男)23.9%→11例、♀(女)19.6%→9例、♂♀(男女)19.6%→9例、 2人4.3%→2例、3人以上30.4%→14例、?(不明)約2.2%→1例。 以上46例。 ・中・小古墳(小石室・箱式棺)/322例 ♂(男)44.1%→142例、♀(女)23.9%→77例、♂♀(男女)16.1%→52例、 ♂♂(男男)2.1%→7例、2人2.8%→9例、3人以上10.2%→33例。 以上320(計算)例。322(実)例と2例の差異?(><) <20/22> (6)女性君長が単独で埋葬されていると思われる古墳には、 福岡県糟屋郡の七夕池古墳、兵庫県神戸市の得能山古墳、 神奈川県横浜市港北区の日吉矢上古墳、群馬県高崎市の元島名将軍塚古墳などがあり、 男女複数埋葬のうち、女性の方が重視されている古墳に大阪府和泉市の黄金塚古墳が ある(前掲注(5)今井論文〉。 なお、女性を埋葬した古墳については、清家章作成の「人骨出土埋葬施設一覧」 (『雪野山古墳の研究』(考察篇)「副葬品と被葬者の性別」真陽社、1996年)に詳しい。 上記の清家章(氏)作成の「人骨出土埋葬施設一覧」に代えて、下記など。 〇「女性首長と軍事権/清家章」 『待兼山論叢 32(史学篇)/大阪大学大学院文学研究科/1998-12』(25-47頁) http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/handle/11094/48104 <6/24> 表1 女性埋葬施設における刀剣配置(前期) <14/24> 表2 女性埋葬施設における万剣配置(中期~後期) ※埋葬施設名に()が付くものは、人骨が遺存していなかったが、 腕輪形石製品の配置により女性であると考えられる埋葬施設である。 などを足掛かりにしますと、或る程度は女性埋葬に迫れるかもしれませんが、 それだけでは男性側が抜け落ちます(><) 以上 中途半端投稿ではありますが 少しでも疑問解消の糸口に繋がれば幸いです^^ あと、前回御質問(真珠湾・コタバル)時、 No.8お礼欄に丁寧な御言葉を賜りましたにもかかわりませず、 私、無反応のままで大変失礼しました。 こちらこそ、よろしくお願い致します。 ますますの刺激的な御質問を楽しみにしております^^ 実は、Wikiのチグハグ箇所に関しまして、 南方作戦のうちコタバル上陸は陽動作戦に位置付けられるため、 最先手が必須であることを踏まえ、実態とは別に、 真珠湾と同一時刻であるべき理由側から考えてみますと、 南方&ハワイ両方への「宣戦の(事前)通告」くらいしか捻り出せませんでした。 要は、後日談として、南方&ハワイともに「(事前)通告」の意思があったの如く デッチあげた言い訳として発言したのではないかと…妄想しましたが、 さすがにメインテーマから外れたままの3連続投稿は気が引けました。 肝心のメインテーマの方は、 『マレー作戦:大東亜戦史/朝日新聞社/1942.12.8再版』 「二、血鬪コタバル敵前上陸」(9頁)「シンガポールからのUP電は全世界に飛んだ。」を手懸かりに、ロイター、AP、UPなどにも探りは入れてみましたがダメでした… と言う次第です^^
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- chiha2525
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どうなのでしょう、まったく無いというわけでも無く、私の県内でも少なくとも2つは女性単独の古墳が存在していたと記憶しています。性別だけでなく年齢や死因なども分かるようで、結構すごいなと感心したものです。 『夫婦で埋まっているものを合わせても10に1つを下回る程度にしか女性の骨は見つかっていないようだな』と思った記憶があるのですが、あまり当てになるものではありません。 都道府県単位で古墳をまとめて紹介しているページなどがあるので、そこを調べるだけでもある程度の見当は付くのではないかと思うのですが、各県によってばらばらに作られているのでたどり着くのに時間が掛かりそうです。(サンプルは300、いや50でも目安にはなりそうに思います。) ちなみに最初に書いた女性単独の墓は、どちらも卑弥呼の墓ではありません。 卑弥呼の墓というと箸中山古墳が有名ですが、あれ発掘したら絶対に男性の骨が(でたら)でますよw そして新聞には次のようなスクープが踊るのです。 「新発見、卑弥呼は男性だった!」w
お礼
ご回答ありがとうございます。 以前「女系社会」についての質問を見ました。 「アマテラス」や「ヒミコ」から想像したのですが、大昔、女性が輝いていた時代があったと思います。 それなら、女性も埋葬されたはず、と思いました。 「王墓」のような大きなものだけが古墳ではなく、中小規模の古墳も数多くあります。 このブログを読むと中小古墳の研究例ですが、古墳時代前半期(3~5世紀代)には、男性の単体埋葬だけでなく、女性の場合も多く、6対4の比率である、と論じています。 それで、疑問に思いました。 http://bbs.jinruisi.net/blog/2009/01/510.html 共同体社会と人類婚姻史 骨が語る古代の家族と社会4 古墳時代
- onbase koubou(@onbase)
- ベストアンサー率38% (1995/5206)
基本的には「権威の象徴・継承」のために築造されたと考えられるので「男性(王)」が多かったと考えられますが、后や巫女なども埋葬されたとの説もあります。いずれにしても骨は残ることが少ないので男女を特定するのは困難ですし、副葬品すら残っていないとまったく判断できません。 よって「具体的な数値」は存在しないです。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「具体的な数値」は存在しないのですね。よく分かりました。
- あずき なな(@azuki-7)
- ベストアンサー率16% (1963/11745)
そりゃそうだと思います まず古墳に埋葬される女性は 天皇のお后、もしくは女帝 あるいは豪族の妻か娘です 古墳時代における権力者の割合は庶民に比べたら圧倒的小数です 天皇が夫婦で埋葬される 独身の天皇も居る 妻が女帝になったら夫婦は別の古墳に入る ですから女性が単独で埋葬されてるのは 女帝か卑弥呼ぐらいです 後は夫と一緒なのでそれは男性と同数とカウントされてしまいます
お礼
超特急のご回答ありがとうございます。 >後は夫と一緒なのでそれは男性と同数とカウントされてしまいます あっ!! そういうことになるのね!! なるほど。
お礼
丁寧なご回答真にありがとうございます。 「たいてい」「ほとんど」「圧倒的に」とか、曖昧な表現はできるだけ避けて、やむを得ず使う場合は例外の事例を示すようにする、という企業風土の中に居ましたから、いまだに拘っています。 「圧倒的に男性が多い」とされる根拠となる数字に拘りました。 「何か具体的な数字」と書きましたが、ある時期の男女の「比率」が分かれば十分です。 〇「古代日本女性の栄光と没落/坂元義種」 『龍谷大學論集 第470號/龍谷學會/2007-07-30』 この論文は実に面白いですね。 市民講座(歴史)の講師を務めた専門家の著者も、 「かつては、女性を被葬者とする古墳が存在するのではないかと言った疑問などはほとんど浮かばず、古墳は男性君長の記念碑くらいにうけとめていたのかも知れない。何となく、かりに女性が埋葬されているとしても、それは男性君長の関係者としてくらいに考えていたように思う。」 と述べています。 さらに 「大型古墳の主体部に単独で埋葬されている被葬者のうち、ほぼ半分が女性だと言うのであるから驚きであった。慌てて、古墳被葬者の性別に関心を持って調べてみると、比較的容易に探し出すことが出来た。」と続いています。 それから、女性の首長が少なくなっていく理由の一つとして、 「日本が交渉を持った高度文化の中国が男尊女卑の国であったということも影響があろう」と述べていますが、なるほど納得です。 〇「女性首長と軍事権/清家章」 『待兼山論叢 32(史学篇)/大阪大学大学院文学研究科/1998-12』 副葬品で性別を判断することもある、ということなので、では具体的にどうなのか、を調べるためにこの論文は先に読んでいました。 一言で言えば、武器をもっていたら男性だと決めつけない方がいい、ということですね。 〇田中良之>著書・論文のページ http://scs.kyushu-u.ac.jp/qtanak/ronbun/tanakaronbun.html 「いわゆる渡来説の再検討」は、本題の質問とは外れますが、大変興味深く読みました。 渡来人が、何人来たかの推計の仕方は参考になりました。 どうも、脱線していけません。 お陰さまで解決できました。 感謝の気持ちでいっぱいです。