この問いは 次の質問をさらに派生させたものです。
【Q:《空中の権能》とは 何でしょう?】
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8735720.html
いくぶん いえ かなり主観的な見方に片向いており それゆえ主流では必ずしもなく 《派生させたもの》ということですが 問うておきたい主題であり問題だと考えます。
まづ《空中の権能》について確認します。:
▲ (エペソ書 2:1-2) ~~~~~~~~~~~
1: さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。
2: この世を支配する者、≫かの空中に勢力を持つ者≪、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。
KJV: Eph 2:2 : Wherein in time past ye walked according to the course of this world, according to the prince of the power of the air, the spirit that now worketh in the children of disobedience:
▲ (同 6:12 ) ~~~~~~~~~~~~~~
12: わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、≫天にいる悪の諸霊≪を相手にするものなのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ 悪というよりも むしろ善い悪いを別にしてと言いますか 善い悪いをみな包むようにして 一定の社会には 思潮や風潮あるいはナラハシといった暗黙の取り決め(黙契)があって これがいわゆるクウキとして作用している。と考えられます。
このことは 英訳の
ye walked according to the course of this world
という表現にあんがいピッタリであるように感じられたものですから 尋ねてみたいと思いました。
身の回りのそれぞれの場で特殊具体的なクウキが あたかも支配していたり そして社会全体の場についても それらのクウキの大元を成すエーテルが やはり空(そら)を あたかも透明なかたちで覆っている。かも知れません。
そこで一度問うておきたいことは 次のようです。:
(あ) 単純に《悪》だと決めつけることは――善意の心がぜんぶ削除され切っているわけではないでしょうから――憚られますが 要するに《この世の支配者》は 空中にただようクウキであるでしょうか?
(い) もしそうだとしたら その空中の権能なるエーテルは どうしてそのような支配的な作用たるクウキを醸し出すように 出来てしまっているのか?
(う) クウキもエーテルも 人間の思惟と行為――つまりは そのようなカルマ(おこない・業)としての過去の歴史やまたそこで形成されたナラハシといったもの――が むしろ人びとそれぞれの身についたようにして出来上がって来ており ゆえに何らかのチカラとして はたらく心なのであろうか?
(え) 空中のチカラと言っても 人間のものであるなら これを変革していくことが出来る。のではないか?
(お) 悪魔とは われらが胸中のものなり。と言い切って行くことが出来るか?
(か) しかもさらに問いたいことは このようなエーテル教とも言うべき日本教ないしそれが醸し出すクウキといった現実は ほかの国や社会にも見られるだろうか?
(か-1) 韓国には 法律条文を凌駕する《国民情緒》法が支配しているとか。
(か-2) ひょっとして 欧米の社会にも このクウキなる場の作用は まぎれもない現実なのではないでしょうか? この点は よく分からず生活感覚としてはまったく分からないので特におしえを乞います。
こんばんは。
Net Bibleによりますと
─────────
6:12 For our struggle is not against flesh and blood, but against the rulers, against the powers, against the world rulers of this darkness, against the spiritual forces of evil in the heavens.
https://net.bible.org/#!bible/Ephesians+6
─────────
のようで、日本語訳には特に問題はなさそうですね。
☆ (あ) 単純に《悪》だと決めつけることは――善意の心がぜんぶ削除され切っているわけではないでしょうから――憚られますが 要するに《この世の支配者》は 空中にただようクウキであるでしょうか?
◇わたしは、個人の中にある、邪な何か???、邪な思いや行動を起こさせる???だと思います。
それが集まって空中にただようクウキを形成することがあったとしてもです。
☆ (い) もしそうだとしたら その空中の権能なるエーテルは どうしてそのような支配的な作用たるクウキを醸し出すように 出来てしまっているのか?
◇この空気を形成するメカニズムは、難しいですね。
ひとまず、互いの欲と欲との妥協点と言っておきますか。
非常にずるいいい表現ですが…。
☆ (う) クウキもエーテルも 人間の思惟と行為――つまりは そのようなカルマ(おこない・業)としての過去の歴史やまたそこで形成されたナラハシといったもの――が むしろ人びとそれぞれの身についたようにして出来上がって来ており ゆえに何らかのチカラとして はたらく心なのであろうか?
◇なのだと思いますよ。
そして、
☆ (え) 空中のチカラと言っても 人間のものであるなら これを変革していくことが出来る。のではないか?
◇YES。
☆ (お) 悪魔とは われらが胸中のものなり。と言い切って行くことが出来るか?
◇と考えますが、
the spiritual forces of evil in the heavens
ですね。
この記述をどう読み解くかが難しい。
「天に悪の霊的な力ある」と言っていますので…。
「天においても神に逆らう自由はある」としておきますか。
ミルトンの『失楽園』におけるルシファーのように、天においても。こうした自由はある…。
与えられている。
☆ (か) しかもさらに問いたいことは このようなエーテル教とも言うべき日本教ないしそれが醸し出すクウキといった現実は ほかの国や社会にも見られるだろうか?
◇形は違うが、あると考えるべきなのでしょう。
なければおかしい。
当然、空気としてのアメリカ教もあるでしょう。
日本人からすれば、この空気としてのアメリカ教は理解し辛いし、皮膚感覚的に感じとることもできない。
そして、これはアメリカ人と空気としての日本教との関係においてもいえることなのであろうと。
☆ (か-2) ひょっとして 欧米の社会にも このクウキなる場の作用は まぎれもない現実なのではないでしょうか? この点は よく分からず生活感覚としてはまったく分からないので特におしえを乞います。
◇あると考えますが、わたしも海外で生活をしたことがないので、よく分かりません。
ですが、
日本という空気の他に、
たとえば地方地方毎の空気、東京の空気というものがあって、それはそれぞれ異なっているのでしょう。
たとえば、
地方からのお上りさんが「東京の人は冷たい」と感じるものが、
東京人の優しさや思いやりであることもあるでしょうし。
まして、日本と海外では、言葉も違えば、文化、生活環境も大きく異なっているのですから。
お礼
◇ ~~~~~~~~~~~~~~ たとえば、 地方からのお上りさんが「東京の人は冷たい」と感じるものが、 東京人の優しさや思いやりであることもあるでしょうし。 ~~~~~~~~~~~~~~ ☆ これは おもしろい。――まづは ご回答をありがとうございます。 質の違うクウキもある。地方ごとに・国ごとに。 いま外国語カテで 【Q:KY などの《クウキ》は 各国語でどう言いますか?】 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8740599.html を訊いています。ドイツではなさそうだという見方になりつつあるのですが。・・・ アメリカには どうもありそうです。しかも 何だかヘンな感じの個人主義。・・・ ◇ ~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ (お) 悪魔とは われらが胸中のものなり。と言い切って行くことが出来るか? ◇ と考えますが、 the spiritual forces of evil in the heavens ですね。 この記述をどう読み解くかが難しい。 「天に悪の霊的な力ある」と言っていますので…。 「天においても神に逆らう自由はある」としておきますか。 ミルトンの『失楽園』におけるルシファーのように、天においても。こうした自由はある…。 与えられている。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ ここは 保留としたほうがよいかと思いました。 あとは そのままを飲み込みました。復唱はいたしません。 そろそろ 外国人をもまじえての対話・話し合いのあつまりのときが 満ちて来たかも知れません。