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子供の将来には学習熟か工作教室か
最近若者の就職案が問題になっていると同時にリストラが多くなっているようです。将来子供が就職難に合わないように有名大学を目指す目的で学習塾も盛んです。子供のころに勉強させることは悪いことではありませんが、工夫力と両立しないことも多そうです。工夫はリストラに合わないようにすることにもつながると思いますが、学習塾で点を取ることを習うことと工作教室でいろいろ工夫する事を習うことはどちらが有利でしょうか。両立させられればとも思いますが、迷います。
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学習も工夫など要領のよさがないと、試験本番で実力もだせず、模擬試験でもライバルに勝てません。 学習塾でも工作塾でも、先生に言われたのを再現するだけで止まっているのでは、応用がききません。どちらにせよ、工夫しよう、という意欲とチャレンジ精神が発揮できないのでは、なんの練習にもなりません。学校だけで勉強していたほうが安く済んでマシです。 リストラ対策は、懲戒処分にならない限りクビにならない国家公務員のみです。その代償が就職難(競争率の高さ)です。学閥もある国家公務員一種、いわゆるキャリア組は基本東大閥であり、他の大学出は帝大出身でも肩身が狭く、そんなことなら、最初から部下として動くことが決まっている国家公務員二種でいたほうがストレスになりません。 労働条件や業種を問わなければ、いくらでも就職口はあります。問題は、就職口を選ぼうとする割りに、それに見合った実力や専門知識を持っていない人間が、高望みした労働条件のところばかり志望するから、当たり前に不採用になっているだけです。 公務員でいいなら、自分でなにかを生み出せることを期待せず、ひたすら法令・条例に従って処理する日々を過ごすのを受け入れる一生と覚悟しないといけません。そのかわり、学歴も創造力も要りません。 民間で自分の意思や提案をもって、ビジネスの拡大や勤務地の移動(海外含む)、そしてそこでのテーマを解決しての出世を求めるなら、大卒なら専攻した専門領域の研究実績がほとんどない代わりとして、実勤務で活かせるビジネススキル(語学によるコミュニケーションや趣味が高じたような全国大会レベルの特技)が必要でしょう。大学にとりあえず入るレベルの試験対策とともに、その学歴だけで書類で落とされないような特技を身に着けていることが必要です。
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- GIANTOFGANYMEDE
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> コミットというカタカナ語もわかりません。 ニュースでもよく出てくる言葉なので一般的だと思っていました。 "commitment"の略なのですが、意味合いは約束、誓約、義務、関与などのニュアンスを複合的に含んでいます。 なので完全に合致する日本語が無いために「コミット」というカタカナ語で使われていますね。 我が社で使うときは「決意と責任を持って関与する」というニュアンスです。 > 具体的にはどうしたらよいのでしょうか。 ちょっとご自分のこの質問について考えてみてください。 「どうしたらいい」と聞く姿勢そのものが、あなたが目指そうとしている所と矛盾していませんか? あなたの質問の本質は、知識と知恵をどうやって伸ばせば良いのか、ということです。 簡単に言えば、自分で考える子に育てたいわけです。 子どもには自分で考える自立した人間になって欲しいと願いながら、ご自分ではそれを放棄している。 自分が出来ないことを子に求めるのは過干渉の種です。 思考を放棄すればそこで終了です。 親の姿勢は家庭環境、生育環境そのものです。 子は親の鏡と言ったのはそこです。 親が思考停止すれば子も思考停止するのです。 質問サイトで「ご自分で考えなさい」というのは変な回答ですが、子育ての姿勢に関して言えばそこが大切なのです。 子どもにこういう人になって欲しいと願うなら、まず親がそういう人になる努力をすることです。 勉強する子になって欲しいなら、親が勉強する姿を見せる。家庭の中において勉強というものが三度の食事や歯磨きや睡眠のように当たり前の生活習慣であるなら、子は当たり前のように勉強します。 工夫する子になって欲しいなら、親が生活の中で様々な工夫をしてみせる。工夫をするということは自分で考えるということです。自分で考える親の子は当たり前のように工夫します。 24時間365日、生活の全てが学習と工夫の機会です。 それをあますところなく活用できれば、学習塾だの工作教室だののお世話になることなく、優秀な子に育ちます。 優秀な子に育って欲しいなら、親も優秀な親を目指して努力するのは当然のことです。 逆に、努力しない親の子が努力しない人間になったとしても誰も非難できないでしょう。 私は学習塾や工作教室は親としての努力放棄の第一歩だと睨んでいます。 我が家ではそういったものには一切頼りませんでした。ただ、社会環境を鑑みて、スイミングスクールとサッカークラブだけは入れましたけど。
お礼
コミットを母語にしている人には過干渉などの意味は含まれていないのでしょうか。いずれにしてもうらやましいお考えです。ご丁寧にありがとうございました。
- GIANTOFGANYMEDE
- ベストアンサー率33% (539/1630)
どちらも不要。 勉強させることは悪いことです。 工夫は大切なことですし、工作教室自体は悪いことではありませんが、ベストとは思いません。なぜならどんな工夫をしたのか親に見えないからです。それが見えなければ、その工夫は単に工作の中だけで完結してしまいます。 大切なことは勉強が好きな子に育てること。 そして応用力を持った工夫をするよう育てることです。 育てるのは塾の仕事ではなく親の責務です。 なぜ最初から責任放棄する方向で検討されるのでしょう? 責任放棄する親の子は勉強できません。不登校になったりグレたりすることも珍しくありません。 子は親の鏡です。 責任放棄する親の子もまた責任放棄する人間になるということ。 それこそ真っ先にリストラされる対象でしょう。 親が子の成長に強くコミットしている家庭の子は真っ直ぐ育っていますよ。 ただし、強いコミットを持つというのは過干渉とは違いますので念のため。
お礼
ほとんどの親は失格でリストラされてしまうと、ますます日本の人口は減少してしまうと真剣に悩みました。具体的にはどうしたらよいのでしょうか。
補足
コミットというカタカナ語もわかりません。普段まったく使いません。やはり日本語だけではだめなのでしょうか。
- 山田 太郎(@f_a_007)
- ベストアンサー率20% (955/4574)
Q、子供の将来には学習塾か工作教室か? A、学習塾。 >工作教室に通えば創造力などが身に付く。 そんなのは大いなる幻想。 それに、工作教室の主宰者って結構自己満足なタイプが多い。 そんな所に大事な我が子を預けて何になる。 と、私は、思いますよ。 ・親が教えて褒める。 それに勝る教室はない。 >進学を第一義に考えれば学習塾! だって、学校じゃ、進学に必要なレベルの授業はしませんからね。 まあ、そういう訳で「学習塾」だと思いますよ。 ※ただ、本人にその気と資質があることが大前提です。 ※どっちが正解かは、どっちが本人にプラスに作用するのか。 ※そういうことで、本人抜きの議論は無意味。 ※こういう見方・考え方を合わせて回答とします。
お礼
なるほど!そういうお考えを承りました。最終的には本人次第ですね。
- uf3725
- ベストアンサー率52% (12/23)
学力は小学校中学高校の努力次第で上げることができますが、独創性や創造性は小さい頃の経験にかなり影響されると思います。小さい頃から親にあれしなさいこれしなさいと言われてきた人が大きくなって自分の意思で動くことは難しいですよね。そういう点では、小学校や幼稚園なら工作教室のほうがいいのではないでしょうか。あまり小さい頃から勉強ばかりさせられるよりは、工作のほうが子供にとっても楽しいんじゃないかなと思います。 就活で見られるのは頭の良さに加えて効率の良さや礼儀作法なので、有名大学に行くことに意義はあると思いますがそれと同じくらいに考え方や礼儀が大事だと思います。
お礼
要するにすべてが役に立つということでしょうか。ご回答ありがとうございました。
- lv4u
- ベストアンサー率27% (1862/6715)
まずは、将来、日本の企業がどういうことを飯の種にしていくつもりか?って予想することが必要かと思います。 もちろん、その予想が当たる保証はないですが・・・ 20年くらい前までの日本は、「周りに合わせること、独創性は出さないほうがいい、真面目にやっていればいい」という感じでした。手本にする先進の米国をめざせば良かった。 でも、バブル崩壊と同時に、日本は、めざす国がなくなりました。 学校であれば、答え、正解があるのですが、社会は、その「正解」が無い時代となったのです。 そして、日本企業は、放浪している間に、ソニーをはじめとする家電大手は業績を大きく低下させました。 個人的には、答えの存在する勉強をする学習塾よりも、工作教室のほうが良い。大学よりも専門学校のほうが良い選択になる気がします。
お礼
答えがない場合に自分で答えを作り出すということでしょうか。ご回答ありがとうございました。
- rokometto
- ベストアンサー率14% (853/5988)
いえいえ、今求められているのは「コミュニケーション能力」です。 成績が悪くても要領よく生きてる人ってそこそこいますよね。 ぶっちゃけ分数の割り算や四角形の面積が求められなくても社会人はやっていけますが、人付き合いが下手ならやっていけませんよね。 いまだに文科省は学力学力いってますが、ゆとり世代は学力が落ちたものの人間力では過去最高レベルの結果を出しています。 なぜそれが活かされないのか、それを活かそうという向上心がないからです。 コミュニケーションと向上心(競争心)を高めるのに必要なのは遊びです。 遊びというと学習をさぼってるようなイメージですが、人間は何かをすれば何かのスキルが上がっています。 実際は小学校卒業までは遊びこそ最高の教科書と授業だと私は考えていますよ。 そういう意味では工作教室や工夫を学ぶというのも遊びで上昇すると思いますよ。
お礼
工作教室では遊びにならないのでしょうか。ご教示ありがとうございました。
補足
コミュニケーションと競争は矛盾しないでしょうか?
- 1paku
- ベストアンサー率21% (344/1575)
学歴よりいろいろな資格を取った方が、社会人になってから有利ですが、その資格取得も、やはりテストで良い点をとるテクニックが必要です。 月並みですが、学習塾などで、成績アップの方が効率的でしょう。
お礼
資格貧乏という現象もありそうですが、学歴も資格ですね。資格で終身雇用が保障されにくくなったのは良いことか悪いことか難しいです。ご回答ありがとうございます。
子供の成長の大敵は両親、特に母親の過干渉です。 自分で考える力を削ぐんですね。 選択は子供に任せて、親は人生経験に基づいた、たくさんの選択肢を用意してはいかがですか? どうしても親は一直線の効率が良い道を選びます。 それは親が曲がりくねった人生を歩んだ経験からですね。 でも子供も曲がりくねった人生を歩むものです。 親は子供がSOS信号を出した時だけ、張り切れば良いのではないかと考えます。 後は「辛いけど」見守るだけ・・・ですね。
お礼
なるほど、しかし私などは小学校や中学校がなかったら何も学ばなかったように思います。いやいやながら学校に行ったことがありがたいことだったとつくずく思います。お考えのようにできれば素晴らしいと思います。ご回答ありがとうございます。
お礼
実質的な能力というものは結局工夫力なのかなと思いました。
補足
省庁民営化という妄説を友人が話していました。確か自衛隊の戦闘力の評価が難しいとか言っていました。国家公務員の評価はすべて難しいのでしょうね。