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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:論文の基本的な読み方について)

論文の基本的な読み方について

このQ&Aのポイント
  • 論文など研究に詳しい方教えてください。Natureほどの学術誌でも捏造を見抜く事難しいようです。
  • エビデンスレベルが高いジャーナルでも捏造を見抜く事がで きない理由を教えて頂けないでしょうか?
  • 論文の基本的な読み方についてこのように理解しています。要するにレフリーは研究結果を審査するのではなく、研究過程を審査し問題なければ掲載する。何分、素人の考えですが、訂正、御意見を頂ければ幸いです。

質問者が選んだベストアンサー

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  • mojitto
  • ベストアンサー率21% (945/4353)
回答No.3

その通りでいいと思いますよ。 要はしょうもない論文でないか、怪しさ極まりない論文でないかをクリアしたうえで、この論文を載せのにふさわしいかどうかが重要なのでしょう。 仮に掲載前に全てを厳密に審査、再現実験するとしたら、期間が長くかかり科学の発展に悪影響になりますし、審査側が実験ミスをしたせいで不掲載を決まれば、それは大きな損失にもなります。 「ねぇねぇ、こんな人がこんな成果を出したよ」 というのに、厳し過ぎる制約はいいことだとは思えません。 そこに悪意のある人が付け入る余地があるのは確かですが。

mika_kobe123
質問者

お礼

ありがとうございました。

その他の回答 (3)

  • oignies
  • ベストアンサー率20% (673/3354)
回答No.4

論文のかきかたというのをならったことがありますか? 論文のかきかたとくに、英語での論文のかきかたは、主張がはっきりしている 結論と序が整合性がとれている、本論で結論の内容が論証されているなどの 形式面がととのっていることがもっとも大事とかかれているのをご存知ですか。 このため内容的にすぐれた研究をしていても書き方がわるいと査読をとおり ません。逆も真です。形がととのっていれば、とおりやすいのです。 かたちだけそれらしく、いいまわしだけそれらしくしたものはですので査読する ほうも見破るのがむずかしいと思います。高名な研究者などが共同研究者 として名前をつらねていればなおさらです。 つまりレフェリーは論文の首尾一貫性を審査しているだけということになります。 あとは、知見のあたらしさ。いままでにないものをつけくわえたかどうかが 重要ということです。逆にすでに議論されている問題について新しいことを つけくわえられなければ、論文が掲載される可能性はありません。

mika_kobe123
質問者

お礼

ありがとうございました。

  • larme001
  • ベストアンサー率44% (271/608)
回答No.2

一定の認識としては正しいですが、ちょっと論文というものを表面化、あるいは単純化しすぎて考えています。また、Natureの論文といっても新規性や意外性に非常に重きが置かれているものもあれば、結果の発展性や治療などへの期待がされるもの、あるいは新技術を使って力技で大規模な解析を行ったものとかこれまでかなり注目されていたものを期待通りに解析したというものだったり色々あるわけで、STAPのような飛び道具的な論文ってのはある意味稀と言えるでしょう。そういう意味では広い意味で再現が取れない≒捏造だ、と言われがちになるのもその手の飛び道具的な発表所以というところもあります。 意図的なという意味での「捏造」の余地というのはどのようなものであれ存在するのですが、少なくとも○○をこういう方法で行ったら○○が確かにできました。と言われれば結局のところNatureだろうが査読者だろうがエディターだろうが疑う理由がありません。しかし、敢えて捏造どうかを判断するというのであれば特定の分野の背景知識とか実験手法について精通している場合、見た結果が「不自然かどうか」を判断することはできます。無論、意図的に捏造しようと思えばそういうのを踏まえて期待されるデータを作ってしまえば知る方法はないでしょうが、多くの場合やったことのない結果をでっち上げる場合も多いので不自然な部分が出てきます。あるいは、データのコントロール等の置き方がおかしいなどの指摘をすることも可能ですが、最近では基本的な方法やデータが省略される場合も多いので何とも言えません。 以上を踏まえて述べると、そもそもNatureだろうがScienceやCellだろうが研究者が発表された論文を読んだときに全てのデータを信じるかというと別にそうでもないんですよ。結局、データ(実験結果)から、あるメカニズム(考え)を提唱していることでそういう論文になるわけですが、そのメカニズム自体が嘘くさい、本質的ではないんでないかなという意味ではよくあります。これは、今回のSTAPが出た時点でも最初から色々言われています。だから、「捏造を見抜く」というよりも提唱されているメカニズムや現象が提示されているfiguresだけで本当に言えるのか、事実と言えるか、本当に起こる現象なのかということになによりも重きをおいて考えるわけで、当然審査する側もそのスタンスで評価するわけです。そういうふうに考えると、捏造云々ってのはまあ2次的な”ありえない”の説明の段階での話で、たとえばデータの解釈がおかしいとか、こういう実験系でこういう結果になるのは考えにくいとかそういう部分での指摘されていった結果捏造なのかもしれないという可能性が浮上するに過ぎません。だから結果の信憑性がなくなるだけであって、最初から恣意的な捏造どうこうを考えてもしょうがないし、結局根拠もなしにうたがっても水掛け論でしょう。捏造というのは明らかに関係者がみとめたか、あるいは明らかにデータが作られている証拠があったからそれで”説明”されるのであって、無からの詮索ってのは論文の審査の段階では不毛な話です。学位論文とか、学生のレポートとかとは趣旨が違いますんで。 ちなみに論文に一部の論文では泳動写真や一部生データをサプリで提出を求めたりするものもあります。これは捏造というよりも、データのコントラストとかを変えまくったりして”変化”しているように極端に見せていないかどうか客観的に見るためなのかと思います。 まあ、一般の人にはわからないかもしれませんが、いずれにせよNature, Cell, Scienceに載せるってのは想像以上にすごく大変なんですよ。捏造がなかったとしてもSTAPが査読者の指摘を踏まえて掲載までに年単位でリバイスをやっているわけですし。こういうのは別に捏造でなくても、「こういう実験をしなさい」とか「この結果はここのディスカッションと矛盾とも言えるけど、どうなのか?」という指摘に対してそれを否定するための実験とか、非常に大変なんですよ。そういう苦労を考えると、STAPのせいで一人歩きしていますが、そもそも何をもって「STAP細胞ができた」というのかということ自体が本質的な問題なんですから、捏造かどうかってのはある大学受験の解けない数学があったからといって、実は誰も気づいていないだけで問題作製ミスがあったのではないか?と疑うぐらい(可能性はゼロではないですよね?)的外れなポイントかもしれませんよ。 学生の実験レポートとか課題じゃないんですから。 長くなりましたが、NatureではないですがPeer-reviewがどういうものかしりたければEmbo journalとか最近はpeer-review processの文面を公開している雑誌もいくつかあります。CNSはこれがもっと実験いっぱいしなさい、キチンと疑問に答えなさいというだけで様子は同じですから、もし興味があれば大学図書館とかでアクセスして見れば「査読」ってのがそもそもどういうものかイメージ出来ると思いますけどね。 参考までに、reivew process file がネットにあったのでリンクを載せときます。

参考URL:
https://www2.mrc-lmb.cam.ac.uk/.../EMBO2012FtsAPiotr/emboj201276s3.pdf?
mika_kobe123
質問者

お礼

ありがとうございました。

mika_kobe123
質問者

補足

長文ほんとうにありがとうございました。私は論文作成の経験がなく 時折、読むだけなのであまり詳しいことはよくわかりません。 そこで、先生にお伺いしたいのですが、 一定の認識としては正しいと言われましたが、表面的、単純化しているかもしれませんが、 基本的な論文の読み方としては私の認識で問題ないと考えていてよろしいでしょうか? 御回答、よろしくお願い申し上げます。

  • rabbit_cat
  • ベストアンサー率40% (829/2062)
回答No.1

まあ、だいたいあってます。 たとえば、 http://www.nature.com/nature/authors/get_published/index.html#a1 にNatureの掲載基準が載っています。 要求されるのは、 ・新しいこと(オリジナリティ) ・科学的に重要な貢献であること ・多分野の科学者の注目を惹くであろうこと であって、かつ ・(裏づけになるデータや証明など)科学的に実証されていること、 です。 レビュアーは、この観点で審査して判断します。 そして、掲載された論文に関する全責任は、著者にあります。 >研究の結果が捏造されていても見抜くことは困難であった。 これは、まあ正しいです。 論文に記載されている「科学的な実証」が不十分であればリジェクトされるでしょうが、 捏造された実証が載っている場合に、それをレビュアーが見抜くのは困難です。 (本当の専門家であれば、すぐにばれるような捏造ではなくて、専門家を完全に欺くような捏造をすることも「可能」です。) なぜ、こういう仕組みになっているかと言えば、 単純に、科学の世界は、大前提として、完全に性善説でできています。 そもそも「捏造する科学者」なんてものが存在する可能性は、全く想定されていません。 個人的には、科学の発展のためには、この伝統(性善説で論文審査をすること)は今後も絶対に維持されるべきだと考えています。 そのためにも、捏造に関与した人間は、以後、科学に少しでも関係する仕事(研究者でなくて一般向けのサイエンスライターや理科の先生などを含む)には絶対につけてはいけないと考えます。

mika_kobe123
質問者

お礼

ありがとうございました。

mika_kobe123
質問者

補足

ありがとうございました。以下の点について私の理解に誤りがないか確認して頂けたら幸いです。 論文の一般的、基本的な読み方についてこのように理解しています。 要するに レフリーは研究結果を審査するのではなく、研究過程を審査し問題なければ掲載する。 研究手法において科学的根拠が実証されるのであれば掲載されるわけで、 研究結果をレフリーが正しいかどうかを検証して、その研究結果が正しいから掲載されるというわけではない。 以上、私の理解に誤りはないでしょうか?

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