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何が幸福であることを決めるのか?
何かの哲学に類する本に書いてあった文章から生じた疑問なのですが、うら覚えで大雑把な内容は下記の通りだったと思います。 ”特に幸せでも不幸せでもない人並みの人生を過ごしているある聡明な人物が、交通事故で脳を損傷し幼児化してしまったが、そのことで本人は毎日そして生涯、楽しい人生を送ることができようになった。周囲は同情的な目で見ているが、彼は幸福だと言えるのかどうか?” もし自分の幸福は自分自身に決定権があれば、特に問題はないですし、今質問しようとしている疑問も成立しないのですが、上記のような問題設定で、事故した彼が幸福だとは思えないとした場合、他者と自分の相互性に基づく客観性を受け入れるなら、自分の人生をどれだけ生涯幸せだと感じていたとしても、実はそうではない可能性があるということになると思います。 そうなると、ある人を「幸福」であるとする究極的な基準は存在しないのでしょうか? 「赤い色」を見ていたということは本人に決定権があるように思いますし、 誰かが「美人」かどうかは、社会の多数決で決まるように思います。 自問自答っぽいのですが、ある人が「幸福」であるというのは、その2つの基準の混合物?の要素があるがゆえにどっちから見るかで自分の頭の中で混乱しているのかもしれません。 質問が明確でなくすみません。 幸福であることの基準に、自己決定と周囲の決定以外に、幸福であることを決める要素がありうるのか?が質問です。 その他、何か指摘できる点等ありましたらお願いします。
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