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『源氏物語の翻訳について〜センセーショナルなタイトル〜』
- 『Many of them grow up into women whom it would be folly to despise; some have been admitted at Court, where they have enjoyed a quite unexpected success. And of this I could cite many, many instances.”』の翻訳についての質問です。
- 『彼らの成功は一般に彼らがたくさんのお金を持っているためです。』と続いています。源氏が言ったことに対して頭中将が「何がむだなことだ」と言っています。
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今晩は。いつも大変丁寧なお礼をありがとうございます。 今年は、「源氏物語の翻訳について」の御陰で、『源氏物語』を読み返す機会が与えられ、かついろいろと啓発されました。 これだけ粘り強く継続されるのは大変だったと思います。お疲れさまでした。 1)『Many of them grow up into women whom it would be folly to despise; some have been admitted at Court, where they have enjoyed a quite unexpected success. And of this I could cite many, many instances.”』 >彼らの多くは軽蔑することは愚かになるだろうという女性たちに成長します。(なかには)宮殿に入ることを許されていた人たちもいました。そこで彼らは予期しない成功を楽しんでいました。そして私はこれについての多くの、多くの例を引き合いに出すことができました。・・・・・? ● could は仮定法の could です。★過去形のcould は「できた」という意味では、例外を除き、使えません。I could enter ○○ University. (○○大学に入れた)は間違いです。仮定法の意味になってしまい、「入ろうと思えば入れるだろう」の意味になります。○○大学に入れた、を言いたければ、I was able to enter ○○ University.とします。 よって上の場合も、「挙げようと思えばいくらでも挙げられるでしょう」という意味になります。 その他は完璧です。 >it would be folly to despise・・・・「他の女性たちを」軽蔑することは~、ですか?(「 despise」は他動詞だと思うので目的語が省略されているように思いました) ● whom が目的語です。whom=those women ですね。したがって、関係詞節は、it would be folly to despise those women. という文だったわけです。 >some have been admitted ~・・・ここは(「some」が先頭にあるので)「なかには・・・・もある(いる)」という訳になりますか? ●そうです。それがこなれた訳です。 >admitted to~やadmitted into~の方が訳的に合うのですが、なぜここは「admitted at~」なのでしょうか? ● 私も最初読んだ時、そう思いました。調べてみますとネイティヴでも両論あるようです。 http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1626486 be admitted to Court もあり得るということだと思います。 >And of this I could cite many, many instances・・・・ここはAnd I could cite many of this, many instances.ですか? ● of this が難しいですが、instances of this と捉えられたのはお見事です。ただ、many, many instances が、下に指摘されているように、「実に多くの」という強調のための繰り返しですから、many, many instances of this と繋がっています。 >And of this~・・・・「this」は「a quite unexpected success」ですか? ●そうですね。まあ、英語で言い換えろと言われると、単数ですので、those who enjoyed a quite unexpected success と言うわけにもいかず、(the fact) that there are those who enjoyed a quite unexpected success (まったく思いもかけぬような成功を収めた女性たちがいること)でしょうか...英語では珍しく、 referent(指し示すもの)がうまく言いにくい事例です。 >ここはmanyを強調させて言っている文ですか? ●その通りです。 (字数制限のため、以下別に投稿します。)
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- go_urn
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2)『”Their success has generally been due to their having a lot of money,” said Genji smiling. ”You should have known better than to say that,” said To no Chujo, reproving him, and Uma no Kami went on: 』 >「彼らの成功は一般に彼らがたくさんのお金を持っているためです。」源氏は笑って言いました。「あなたはそれを言ってもむだなことぐらい心得ているべきでした。」と頭中将は彼を咎めて、そして馬頭は続けました。・・・・・? ●完璧です。 >Their success has generally been due to their having a lot of money・・・・現在完了形のニュアンスを出す訳し方がよく分かりませんでした。 ●過去から今日まで続いて来た、という時間の幅を訳出するのは難しいですね。「彼女たちの成功は、お金もちであったというのが大体の理由【だった】わけですかね」くらいでしょうか。現代日本語は完了の「ぬ」「たり」を廃してしまったために、苦労します。 >You should have known better than to say that・・・・辞書に「I should have known better than to call him.(彼に電話したってむだなことぐらい心得ているべきだった)」というのがあったので、それにあてはめて訳しました。 ● それでいいと思います。know better than ~というのが「~するような馬鹿なまねはしない」というイディオムで、should have + p.p. は「p.p.すべきではなかったのに」ですので、組み合わせますと、「~するような馬鹿なまねをするべきではなかったのに」となり、訳しますと、「そんなことを言うような馬鹿なまねをするべきではなかったのに」ですね。 「馬鹿なまねはしない」は、 「もっと分別を持っている」というとことから来た意訳ですので、原義に戻れば、「あなたらしくもなく、分別のないことをおっしゃったものですね」ということになります。 >「know better」で(・・・するほど)「愚かではない」とありますが、「愚かではない」という言葉を訳に入れるとどうなるのでしょうか? ●ちょっと文脈に似合いませんが、無理して訳しますと、「そんなことを言うという愚かなことをなさるべきではありませんでした」 >ここは源氏が言ったことに対して「何がむだなことだ」と頭中将が言っているのでしょうか?(源氏が成功をおさめてきたのはお金の力ではないでしょう?と言いたかったのでしょうか?それとももともとお金がある源氏が言うことではないでしょう?と戒めたかったのでしょうか?) ● 「むだ」というよりも、源氏が金銭という卑しい考えを、半畳として入れたのをなじっているのでしょう。「結局お金というわけですか」という揶揄に対し、「彼は真剣にお話し申し上げているのに、そんな(金銭的なことに触れる)茶化しをなさるとは、あなたらしくもなく、分別に欠けることですぞ」という感じかと思います。頭中将は源氏と気のおけない間柄ですので、こう言って、左馬頭が気を悪くして話の腰を折られないようにしているのかもしれません。源氏はちょっと退屈しているのですね。頭中将は話を楽しんでいる様子です。 紫式部は、「没理想」ではないですが、ちょっと意外な、意地の悪い側面を源氏に持たせていますね。でもこれで源氏の人物造形に血が通います。 諸テキストを比較してみましょう。 1)『源氏物語』原文:「すべて、にぎははしきによるべきなむなり」とて、笑ひたまふを、「異人(ことひと)の言はむやうに、心得ず仰せらる」と、中将憎む。 2)現代語訳(谷崎潤一郎訳):「すると結局、物持ちの娘に限るというわけかね」と言ってお笑いになるのを、「あなたにも似合わない、けしからぬことをおっしゃる」と中将が睨む真似をします。 3)Waley 訳:“Their success has generally been due to their having a lot of money,” said Genji smiling. “You should have known better than to say that,” said To no Chujo, reproving him, 4)Seidensticker訳:Genji smiled. “And so a person should limit himself to girls with money?” “That does not sound like you,” said To no Chujo. 5)Tyler訳:“I suppose the thing is to keep an eye for a father with means(資産),” Genji said, smiling, and the Secretary Captain grumbled(不平をならす). “I do not know how you can say that. It does not sound like you at all.” こうして見ますと、2)も3)も4)も、「あなたに似合わない」という言葉が共通していますが、それは、「異人(ことひと)の言はむやうに」(まるであなたでない人がおっしゃているかのように)を訳しているのですね。Waley はそれを know better than に含めたというわけでしょう。あなたは、そんなことは言うはずのない人だと思っていましたが、という気持ちで、一応似た意味になります。 >これまで「帚木」はこのタイトルから離れて女性についての評論文みたいになっていますね。 ●そうですね。長い挿話ですね。でも「帚木」は「逃げ水」のように、そこへ行ってみるとなくなっている蜃気楼ですので、「永遠の女性」という蜃気楼を求める哀れな男たちということでは、標題に通ずるものがあります。「帚木」後半の源氏の恋にしましても、この「雨夜の品定め」があればこそ引き立つ話になっていると思います。 ************************* 《余談》「没理想論争」についてまで本をお読みになったとか、驚きました。私も sweetapplechocoさんに負けないよう、いろいろな本を読んでみたいと思います。 坪内逍遥は、1)小説を中心とした文芸の革新、2)教育者としての業績、3)演劇の革新というマルチな活躍をした人でした。1)については少しく述べました。2)は早稲田文学部の創設ということです。早稲田と慶応は、明治の文学界の2大牽引車となりました。 さて本題の3)についてですが、よい演劇を作るためには、1.脚本、2.俳優と演出家、3.劇場 の3つが揃わなくてはならない総合芸術です。3は、とりあえずは、旧劇のものを転用すればいいとしても、1と2はゼロの状態だったわけです。坪内はそれを全部自分が引き受けたのです。 脚本としては、シェイクスピアの戯曲を全訳しました。今日まで、詩を含めて沙翁全作品を訳したのは坪内だけです。福田恒存は戯曲の1部ですし、小田島雄志は詩を訳していません。現在、松岡という人が全訳に挑戦中とか聞きますが、果たしてうまくいくかどうか...ともかく、明治人のエネルギーには驚かされます。 現在では注釈も揃っていますし先人の訳業があるので翻訳は比較的楽ですが、何もない状況で、シェイクスピアの戯曲を全訳したというのは、本当に偉業だと感じ入ります。また、弟子が大勢いたにもかかわらず、全部自分でやりぬいた、しかも文字通り、心血を注いで練り直した訳文だったということです。 かくして、明治44年(1911年)、日本の意地をかけて落成させた西洋風の劇場である帝国劇場において、坪内の訳である『ハムレット』が。坪内の手塩にかけた文芸協会の俳優たちによって演じられたのです。西洋文化のとりあえずの消化に半世紀を要したということですね。でも、何となく誇らしく感じられます。
お礼
#2の方に続けて回答をしてくださってありがとうございます。 (#2も合わせての意味で#1のご回答にベストアンサーをつけさせていただきました) 『現代日本語は完了の「ぬ」「たり」を廃してしまった』ということですが、訳にいれると難しいのですね。(Their success has generally been due to their having a lot of money.英文だと現在完了形で表しているニュアンスは伝わってきますね) You should have known better than to say that,・・・ここは訳してみても言っている意味がよくわからないところでした。「あなたらしくもなく、分別のないことをおっしゃったものですね」と訳すのですね。ここまできれいにはとても訳せませんでした。(「愚かではない」という言葉を使って訳してくださってありがとうございます。) ここは源氏が「金銭」のことを言って、左馬頭の言動を茶化したので頭中将はそんな源氏を「分別がないことをおっしゃったものですね」と言ったのですね。金銭の事を言うのは品位を落とすことだということでしょうか。 源氏に、こういう人を茶化す一面を持たせたというのは親しみが湧くところですね。 (ところで「半畳」という言葉は初めてお聞きしました。辞書で調べました。) 諸訳を紹介して下さってありがとうございます。 元は「異人(ことひと)の言はむやうに」なんですね。 Seidensticker訳もTyler訳も丁寧に説明しているような感じがしました。(意味をとりやすいというか・・・)それに比べるとWaley 訳はすぐには意味が入ってこない感じです。でも英語をよく勉強すればなるほど、と思って理解できた時は嬉しい感じがします。 (谷崎潤一郎訳では「中将が睨む真似をします」とありますが、睨んではいないのですね) 「帚木」は最初に少し意味を説明してくださいましたが、『「永遠の女性」という蜃気楼を求める哀れな男たち』という新たなご説明をお聞きして、そういう捉え方があるのだと思いました。 ここは長い談議が続いて少々読み疲れしてしまうところですが、この「雨夜の品定め」があることによって伏線が作られ、源氏ののちの恋に奥行きを持たせている大事な個所なのですね。 ********************************* 「没理想論争」そのものが読めなかったのは残念でしたが。 (そもそも難しい論争で読めたとしても理解できたかどうか。。。) 私は追いかけて読んでいるだけですので及びもつかないです。 坪内逍遥について説明してくださってありがとうございます。 早稲田文学部を創設した方なんですね。 その上ゼロの状態だった脚本、俳優と演出家を手掛けて「演劇の革新」をはかったのはすごい才能とエネルギーがあった方なのですね。 シェイクスピアの戯曲を全訳したということですが、『小説神髄』に書かれていた(引用していた)古今東西の本も全部読んだのかと思うと本当に超人のようです。 福田恒存(1912~1994)も小田島雄志(1930~)もシェイクスピアの戯曲の翻訳で知られる方たちですね。明治時代の人の精神力は何によって培われたのでしょうね。 何もない状況からやるということは最も大変なことですね。弟子の力も借りないで全部自分でやりぬいたということですが、そうせずにはいられない使命のようなものを感じたのでしょうか? 何もかも自分で手掛けた『ハムレット』が帝国劇場において上演された時は感慨もひとしおだったでしょうね。そういう歴史があって今日の演劇があるのですね。先人のおかげですね。 次回の投稿は1月7日の月曜日を予定しています。 良いお年をお迎えください。
お礼
今晩は。いつも大変丁寧に回答をしてくださってありがとうございます。 今年はお陰さまでとても有意義な日々を送ることができました。源氏物語が英訳されているとは全く思いもよらなかったので、本を見つけた時はとても驚いて感動しましたが、とても一人で読めるものではありませんでした。 いつもすばらしい回答をいただいて本当にありがとうございました。 (体調の悪い時にも回答してくださって申し訳なかったです。) 「could」は「can」の過去形というイメージでいましたが、『過去形のcould は「できた」という意味では、例外を除き、使えない』ということで、もう一度文法書をよく見直しておこうと思います。 「it would be folly to despise」は「whom」を目的語にしているので「those women」が「despise」の目的語になるのですね。軽蔑するのは「私たち」第三者ということでしょうか。もう少しうまく訳せるとよかったのですが。解説をいただいて訳の意味がわかりました。 「admitted at~」のところ、ネイティヴの方でも両論があるのですね。 「Native language:USA, English」の方が『Although "admitted to" is the better choice, "admitted at" is not entirely uncommon.』という回答を出されているようですが。 (このようなサイトがあるのですね。ご紹介してくださってありがとうございます。) many, many instances of this とつながるのですね。 「this」は単数なので英語で指し示すものは「a quite unexpected success」しか見当たらなかったのですが、ここはうまく言いにくい事例だったのですね。(そういう場合もあるのですね。英語は必ずきちんと決まっているのかと思っていました。)