- ベストアンサー
中国の中央官制について
教科書に記載がみられないので質問させていたただきます。 門下省や尚書省の廃止が実行されたのはどの時期でしょうか。 それとも明確な時期は無く、明初における中書省廃止までに自然消滅したという形なのでしょうか。
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
門下省 650年前後 権限が名誉職化され、合体の組織 同中書門下平章事 が任命された 尚書省 1131が最後の任命 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%9A%E6%9B%B8%E7%9C%81 中国史はわからないが、日本史においてもヨーロッパ史においても、近代官僚制ができて、ちゃんと統治機構を説明しなければならなくなるまでは、 新しい組織が新しい権力者の元に作られる その権力者が権力を伸ばすのと組織全体が権限を拡げるのがシンクロして いつのまにか、前の組織が無くなる。 中国の歴史は 皇帝=貴族(豪族)連合体から、皇帝の権限が拡大する歴史です。 名前は一緒でも機能が違ったりします。 唐代の組織としての三省では http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%9C%81%E5%85%AD%E9%83%A8 皇帝権力を貴族連合が押させる組織として三省があるという側面があり、 行政執行組織である 尚書省 が最後まで残った。 貴族からの立法組織は、貴族の権力弱体化 = 科挙制度の伸展による皇帝直属官僚の拡大 によって、実態をなくしていきます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E6%8C%99#.E5.94.90 中唐以降は、科挙出身者の勢力が拡大し < 引用 中唐=8世紀半ば
お礼
新しい組織が新しい権力者の元に作られる その権力者が権力を伸ばすのと組織全体が権限を拡げるのがシンクロして いつのまにか、前の組織が無くなる。 なるほどよくわかりました、ありがとうございます!