※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:「南無阿弥陀仏」を唱えるタイミング)
「南無阿弥陀仏」の唱え方とは?正しいタイミングについて考える
このQ&Aのポイント
「南無阿弥陀仏」は、浄土宗のお経であり、特定のタイミングで唱えるものではありません。
しかし、個人的な信仰や慣習として、「南無阿弥陀仏」を唱えることはまったく問題ありません。
自分が心の安らぎや慰めを感じる場面で唱えることで、気持ちが落ち着くことがあるのであれば、続けても良いでしょう。
20数年前に祖母が亡くなった時、
自分の家は浄土宗で「南無阿弥陀仏」を唱えるとわかりました。
それ以来、私は自分がつらい状況になった時に(早く打開できますように)という意味で
「南無阿弥陀仏」を心の中で唱えたり、悲しいときや、嫌な人と向かい合わなくてはいけない時に
心の中で「南無阿弥陀仏」とつぶやくとなんだか気持ちが落ち着きますので
ときどき、そうしてきました。
また、車の運転中、犬や猫が道路で死んでるのを見かけたときにも、
(南無阿弥陀仏)と心の中で言いながら通りすぎます。
何もできないで申し訳ない、せめて唱えるだけでも、っていう気持ちです。
(自分で言うのもなんですが慈悲の気持ちではなく、憑かないでっていうビビりの気持ちからです。)
数か月前、父親が亡くなり、お寺やお墓に行く機会、和尚さんからお経を聞く機会が増えました。
そうしてあらためて「南無阿弥陀仏」の意味についてネットで少し調べてみました。
で、あまりきちんとは理解できたわけではないのですが、
私が今まで「南無阿弥陀仏」と唱えてきたタイミングが正しいのだろうか?と疑問になりました。
私が上記のような事柄で「南無阿弥陀仏」と唱えるのはやってもいいでしょうか?
もし正しくない、そんな事柄で唱えるのはやめたほうがいい、とわかりましたら、
今後は唱えないつもりです。
皆様のご意見を聞かせていただきたいです。
お礼
回答ありがとうございます。 一人でいろいろ考えては、うだうだしていたので、 思い切って質問してみてよかったです。 回答を読んで気持ちがホッとしました。 ありがとうございました。