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ランダム性について教えてください。
サイコロを10回投げたとき、 1,1,1,1,1,1,1,1,1,1 と出たら、ランダム性に対する疑いが高く、 1,4,6,6,3,1,4,2,2,5 などと出たら、ランダム性に対する疑いが低いのでしょうか。 両者とも生起確率は同じだと思うのですが・・・・。 考え方をご教示ください。
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- momordica
- ベストアンサー率52% (135/259)
#5です。 すみません。ちょっと書き間違いがあったので、一応訂正です。 例えば、箱の中に見た目などで区別できない3つのサイコロA, B, Cがあり、それぞれ 1の目の出る確率が1/6, 1/2, 1/5 であるとしましょう。 ↓ 例えば、箱の中に見た目などで区別できない3つのサイコロA, B, Cがあり、それぞれ 1の目の出る確率が1/6, 1/2, 5/6 であるとしましょう。
- momordica
- ベストアンサー率52% (135/259)
> 両者とも生起確率は同じだと思うのですが・・・・。 それは、 「1から6の目のでる確率がそれぞれ1/6であるサイコロを10回振ったとき、 出る目が順に『1,1,1,1,1,1,1,1,1,1』になる確率」 と、 「1から6の目のでる確率がそれぞれ1/6であるサイコロを10回振ったとき、 出る目が順に『1,4,6,6,3,1,4,2,2,5』になる確率」 は同じであるという意味でしょうか。 使ったサイコロのランダム性への疑いについて議論するなら、問題にすべき確率は この2つではないのではありませんか? 問題にすべきなのは、 「サイコロを10回振って出る目が順に『1,1,1,1,1,1,1,1,1,1』であったとき、 そのサイコロが『1から6の目の出る確率がそれぞれ1/6であるサイコロ』である確率」 と 「サイコロを10回振って出る目が順に『1,4,6,6,3,1,4,2,2,5』であったとき、 そのサイコロが『1から6の目の出る確率がそれぞれ1/6であるサイコロ』である確率」 です。 これらは同じではありません。 例えば、箱の中に見た目などで区別できない3つのサイコロA, B, Cがあり、それぞれ 1の目の出る確率が1/6, 1/2, 1/5 であるとしましょう。 つまり、A以外は「正しいサイコロ」ではありません。 この箱の中からサイコロを一つ取り出して、それを10回振る時、1の出た目の回数が 2回だった場合と10回だった場合では、それが正しいサイコロAである確率はどの程度 でしょう。 途中計算は省略しますが、1の目が2回だった場合、サイコロがA, B, Cである確率は それぞれおよそ 87%, 13%, 0.0056% であるのに対し、1の目が10回だった場合は 0.000010%, 0,6%, 99% となります。 つまり、10回とも1の目が出た場合は、これが正しいサイコロである確率はゼロでは ないとは言え、極めて低いということになります。 上の例では簡単にするため3種類のサイコロで説明しましたが、実際にはもっと 連続的に確率の値が変化する値の中で検証することになります。 詳しくは統計学の本でもご覧ください。
お礼
有難うございます。 なるほど。出た目の並びから、サイコロがどうであるかの確率(又は確率密度)を求めるということですね。 お示しになられて例の場合、あらかじめ箱の中にどんなサイコロが入っているかが分かっている必要がありますよね。仮定を変えて、箱の中にある3つのサイコロが、3つとも正しいサイコロの場合は、1つ取り出して10回投げたときの目の出方がどんな並びであっても、正しいサイコロである確率は100%。逆に、3つとも不正なサイコロである場合は、どんなにランダムに見える並びが出ても、正しいサイコロである確率は0%ですね。 そうすると、箱から取り出すのではなく、一般にあるサイコロを調べる場合には、世の中にある正しいサイコロ/正しくないサイコロの分布(母集団)が分かっている必要があるということになりますね。 いずれにしても、この見方のポイントは、アウトプットとして得られた数表のランダム性が問題ではなく、それを発生させた「乱数発生装置」が正しいかどうかを検定するという点ですね。 私の最初の疑問は、「乱数発生装置」の正しさの問題ではなく、アウトプットとして得られた数表自体のランダム性を評価することはできるのかというものです。その点、ご教示頂けるとありがたいです。
- kuro804
- ベストアンサー率29% (523/1762)
おはようございます。 ほんの通りすがりで 一見したのですが、 おや? と立ち止まってしまいました。 なかなか面白い問いかけではないかと考えてしまいました。 回答を持っているわけではないですが 質問者様の言わんとすることが分かる気がしたのです。 「サイコロを100回振って1,1,1,1,1.......全て1だと、”ランダム”ではなく、1から6の目が均等にでれば”ランダム”である。」 というのは間違っているか、納得出来ない、理解出来ないと質問者様は言っている。 と私は理解しました。 以下はこの私が理解した内容を前提で進めます。 その1 ”数学的論法” これまでの内容では、質問者様が提示の10回振ること、あるいはそれ以外の振る回数は極めて重要な要素のようですが現状の議論においては無意味です。 それは2回振って1が連続と1兆回振って1の連続とは何ら数学的に論法に差異はないと言えます。 数学的論法で意味ある数値は前提の”サイコロ”による1から6の”6”のみでしょう。 つまり私も1が連続2回出ようと1兆回出ようと数学的論法ではランダム性を云々する要素は皆無である。なぜなら”1が連続2回出たとき、ひとはそれは繰り返し回数が少ないからで繰り返しを増やせばランダム性が現れると言います。10回振るのは2回振るのを5回繰り返したことです。1兆回は100回連続を??回繰り返した結果であり...よって繰り返し回数の増減は論議には無意味と考えます。 その2 ”物理的論法” 6面体に目を彫り込み、静的動的に完全な均等な6面体ならば、即ち目の彫り込みによるへこみに対する風圧を全ての面で均等とするなど完全な均質正6面体サイコロで、かつ完全に制御されたサイコロ振りで投下されたサイコロは、最小の確率で完全なランダムな目が生じ、最大の確率で1から6のいずれかの目が連続にでることになると私は予想します。 その3 ”数学と物理の妥協?” ”神はサイコロなど振りはしない” つまり、一見ランダム性を云々出来るような課題ですが、質問者様と同様に私もこの内容のみではランダム性を云々する要素が欠けていると考えます。 その要素とは ”数学で言うサイコロの目とは、6回振れば必ず1から6の全ての目がでるサイコロであり、かつ何回振っても各目の出た回数は均等” と言うこと 即ちランダム性100%を意味するサイコロという前提です。 故に、もともと数学でのカテゴリで”サイコロを振る”という事はランダム性100%を意味するのでそのサイコロが1を1兆回連続にでても、これを否定する事は無意味であり、元々ランダム性100%のサイコロを振った前提での話しという..........オチ の結果となります。 その4 ”現実の感覚” 現実の手元のサイコロを振って1が連続10回出たとします。 私なら、そのサイコロがゆがんでる可能性を考えます。 では、そのランダム性を量的に表すには??????? さらに理解ある回答者の登場を期待致します。
お礼
様々な観点からのご検討有難うございます。 参考にさせていただきます。
- Ishiwara
- ベストアンサー率24% (462/1914)
#2です。 > 1,4,6,6,3,1,4,2,2,5のランダム性は、主観的なものによって左右されるということでしょうか。 そのとおりです。例えば、この並びが、自分の誕生日・番地・電話番号のように、自分にとっては重要な意味があり、他人にとっては意味のない数字列だとします。このとき、自分は「こんなことは1億回に1つもない」と驚くでしょうが、その意味を知らない他人にとっては「たくさんある無意味な数字列の一つ」にすぎません。 > 逆に、1,1,1,1,1,1,1,1,1,1も「どれといった特徴のない並び」の1つと解釈すればランダムだということになるのでしょうか。 もちろん「イエス」です。「サイコロを10回振ったら、全部1が出たと仮定する…」という議論は意味があり、続けることができます。しかし「1,1,1,1,1,1,...」はランダム数列の一つだ、と主張しても、それに同意してくれる人は少ないでしょう。その後の議論は不可能ではありませんが、有害無益の、ないしは誤った議論になる可能性が大ですから。
お礼
有難うございます。 サイコロを投げたら、偶然自分の住所・電話番号に一致することもあるでしょうし、すべて1になることもあるでしょうし、1,2,3,4,5,6,1,2,3,4のように出ることもあるということは分かります。しかし、それらの生起確率はすべて同じですよね。 それで、最初の疑問に戻るのですが、主観的にではなく、客観的にランダム度の高い並びと低いならびというものがあるのかどうかです。 乱数表のランダム度の検定というのを聞いたことがありますが、どのような考え方に基づいて行われるのでしょうか。
- Ishiwara
- ベストアンサー率24% (462/1914)
1,4,6,6,3,1,4,2,2,5 という並びをどう解釈するか、です。 ピッタリこれと同じもの、と考えると、このように出る確率は、1,1,1,1,1,...と同じです。 したがって、ランダムとはいえません。 しかし、1,4,6,6,3…のように「どれといった特徴のない並び」という意味であれば そのような「特徴のない並び」は、たくさんありますから、それに対応する確率も大きい、ということになります。
お礼
有難うございます。 ということは、1,4,6,6,3,1,4,2,2,5のランダム性は、解釈や意味といった主観的なものによって左右されるということでしょうか。 また、逆に、1,1,1,1,1,1,1,1,1,1も「どれといった特徴のない並び」の1つ解釈すればランダムだということになるのでしょうか。
- info22_
- ベストアンサー率67% (2650/3922)
>サイコロを10回投げたとき、 >1,1,1,1,1,1,1,1,1,1 >と出たら、ランダム性に対する疑いが高く、 疑いは当然でしょう。でも1がある程度続く確率はゼロではないので、その場合は、更に試行して、それでも、1の目が続くか確認することが必要です。 >1,4,6,6,3,1,4,2,2,5 >などと出たら、ランダム性に対する疑いが低いのでしょうか。 試行回数が全く不足していてランダム性の評価するのは無理があります。 10回程度と少ない回数ではランダム性を推定するための想像の域を出ません。 十分多い試行回数(少なくとも60回~600回)を行なって、その頻度分布のグラフを描いて平坦性を確認します。{1,2,3,4,5,6}の各目の頻度が最小限10~100回程度生起する位出なければランダム性を推定する(検証する)には不十分です。 上の操作を10セット繰り返しても頻度分布の平坦性が確認できること、 かつ、目のデータの並びパターンに周期性(規則性)が無いことが確認できること。 が必要ですね。 >両者とも生起確率は同じだと思うのですが・・・・。 何をもって「生起確率は同じだ」と判断されたのでしょうか? >考え方をご教示ください。 上に書いたとおりです。 各目の頻度分布の数が少なくとも平均10~100位発生するの試行回数が必要です。 僕が行なったシミュレーションで用いた、色々な分布の試行データのサンプル数は10000以上とって、頻度分布が理想的な確率分布密度関数の曲線に乗っているか検証してから、試行データとして評価実験に使用していました。
お礼
有難うございます。 まず、回数についてですが、10回としたのは、例としてそうしたまでで、私の質問は、 「サイコロを1万回投げたとき、すべて1が出たら、ランダム性に対する疑いが高く、色々な数が出たら、ランダム性に対する疑いが低いのでしょうか。両者とも生起確率は同じだと思うのですが・・・・。」 としても同じです。回数の問題というより、そもそも「ランダム性とは何か」がよく分からないので、ご教示頂けたらと思います。 >>両者とも生起確率は同じだと思うのですが・・・・。 >何をもって「生起確率は同じだ」と判断されたのでしょうか? これは、書き方が悪かったのですが、「仮に正しいサイコロだとしたら、どちらの生起確率も(1/6)の10乗で、同じ」という意味です。つまり、正しいサイコロで、1,1,1,1,1,1,1,1,1,1と出ることは、1,4,6,6,3,1,4,2,2,5と出ることに比べて特段珍しいことではないと思った次第です。
お礼
ご修正、有難うございました。