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詩を書けるようになるにはどうすればいいの?
詩を書けるようになるにはどうすればいいの? とりあえず語学は必要だと思います。 質問が哲学カテなのは言葉の使い方と美が言語哲学になりそうだからです。
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>詩を書けるようになるにはどうすればいいの? 詩というのは、どう考えても、言葉と世界と人とが三位一体の関係にあることの謂としか定義しようがないと思います。 われわれが普段の日常生活で何の変哲もない言葉であるかのように思いなしている言葉にしても、それが言葉である限り、必ずこの世に誕生した一瞬間を持っている以上、そのこと一つだけをもってしても、すべての言葉は誕生時には詩以外の何物でもなかったと言えるのではないでしょうか。 ということで、質問者さんが心底「詩を書けるようになるにはどうすればいいのか?」と思われるなら、言葉を単なる表現手段とか、コミュニケーションの道具とか、辞書的な語義を示す記号とかといった、言葉をめぐる先入観、偏見、思い込み、通念、迷信、因襲、習慣等々にできるだけ囚われないように留意し、言葉と世界と自己との関係をとことん吟味し、その結果として「これしかないっ!」と確信して発した言葉こそ、他人がどう評しようと、それは紛れもなく正真正銘の詩だと断定なさることです。 以上を一言でまとめますと、詩とは本当の意味で最も写実的な言語表現だということになるのではないでしょうか。 そして、写実的な表現だけが真に人を感動させる力を持つのではないでしょうか。 >とりあえず語学は必要だと思います。 もちろん、「語学は必要だと思います」が、大切なのは何のための「語学」なのかをきちんと弁えておくことだと思います。 その意味でも、「語学」とは文法や語彙、慣用表現等を修得することだなどとはくれぐれも思い込まないことが肝要かと思います。 それよりは、できるだけ自分の頭で「言葉とは何か?」とお考えになるようお勧めいたします。 なお、私としては、「詩を書けるようになる」ために最も手っ取り早い方法となると、とにかく昔からより多くの人々に愛誦されてきた詩人(=言葉の魔術師)たちの傑作を繰り返し読み、それが多くの人々を魅了してきた秘密なり、謎なりを徹底的に究明することだと思います。 そうすると、同じ模倣をするにしても、本当に重要な部分だけを学び取ることができますから。
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お邪魔します。。。 私は短歌なのですが。 そもそもちゃんと歌えているのか?の判断もよくわかりませんが、 自分としては、「思うが侭の言葉」と「ぎりぎり他人に通じる言葉」のバランスを取れれば良いやーーと考えています。 あとは「思うが侭の言葉」を、混沌とした思考の渦からどう抽出するか?の問題で、 むしろ、こっちの方が難しいような。。。 もともと中学校くらい迄は、詩とか物語とか、比較的長い「文章」での表現を選んでいました。 でも、毎度の空中分解なのです。 前の言葉と後ろの言葉の整合性など問い始めてしまうので、書いている文章の最後迄「気持ちよさ」が続けられないのです。 で、短歌に出会いました。 私にとっては、「自由(我が侭?)」と「規制/規則」が丁度良いバランスでシステムなのが短歌です。 思えば「文章」での表現は、規則や法則で自分の行動の正当性を補強して生きて来た私には自由過ぎてダメだったのだなあ、と今は思っています。 自由って、白紙であり、空白であり、捉えように依っては虚無にもなり得ます。 自分にあったシステムを見つけたら、あとは其処に「思う言葉を放り込む」だけ、かな。 初めはメチャクチャに放り込んでいて、システムに則って読み返したら意味不明!でも、 繰り返しているうちに、放り込み方もリズムが付いて来たり、 放り込む瞬間の空中で、言葉が勝手に並んでくれたり、し始めます。 意味不明でもハチャメチャでも、空中分解しても、試みるしか無いかな、と思います。 素敵な詩が生まれますように。。。。^^
お礼
今日はなし崩し的に出かけることになるのかしら
- yayuh
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僕の経験論になりますが、 自分の心の声に素直になることです。 美しいと感じるのは心です。思考ではありません。 しかし、なかなか心で感じたことを言葉化するのは簡単ではない方もいます。 まずは、心で感じたことを言葉に紡ぎだして、 その言葉の持つ、響きやニュアンス、イメージの広がりが 自分の心の声に近いのか遠いのかを見直すということを 始めてみるのがいいように思います。
お礼
発狂しそうですよ
詩は誰にでも書けるものです、難しい事ではありません。 でも、良い詩を書こうとすると難しくなってしまいます。 人に良く見せたいという意識があると、途中でつかえてしまいます。 自由に感じたままの事を書き留めておくつもりで書けば、いいのだと思います。 そうして書いたものには、乱雑なように見えても、不思議と一種のまとまりがあり、その時の自分自身が表されているものです。 自由詩といったものには、語学力は必要ないと思われます。 言葉へのこだわりも捨てて書いた方が、良いものが生まれてくるのではないでしょうか。 俳句や短歌は別だと思いますが(一字の違いでまったく変わってしまいます) 長文の詩の場合、それもテーマを設定して書く場合には 最初から、人に見せる、読んでいただく事を前提として書くのでしょうから 文体としての美しさが必要になってきますので、ある程度の語学力は必要と思われますが それも絶対要件とは言い切れないように思います。 それは、校正をする中で言葉一つを変えただけでも、その後の文章に大きく影響してしまう事がありますので やはり一番大切にすべきは、文章の底にある流れのようなもの、言い換えれば、感性と表現の統一感といったもののように思われます。 自由詩も作文としての詩も、繰り返し書く事によって上手くなってゆくのだと思います。 上手に書こうと意識しなくても、そうする事によって自然と上達してゆくようにも思われます。
お礼
感情を否定するか感情を肯定するか感情への捉え方が鍵っぽいですね。
詩を書いてどうすんの? 飾り言葉なんて、寿司で言うところのわさび、牛丼でいうところの紅しょうがですよ。。大事じゃん。 でもまぁ、やっぱすしはネタが新鮮なのが一番だし、牛丼はがっつりたべるのが粋でしょ。 ことばもね、一緒ですよ。 本音が最高なんです。 めっちゃ緑に輝いたわさびを、どんって出されても、「あ、あうあう」ってなるでしょ。大将、、どうしたんだろってなりますよ。 yukiyama10さんが最高峰の芸術を極めて、宝石の如くコトバをですね、海峡大橋の如く連ねたとしてもね、聴いた人は、「あ、あ~あ~・・・」しか出てこないですよ。 どないしたらえーねんってことにならんように、 yukiyama10さんのね、本心があってこその、モノだねなんですよ。 ちゃいますかね。
お礼
私になにかあった時、それが事件なり事故なり、ただの書きなぐりだと思想にいやなことをいわれるかもしれないけど、詩作のためだったとなれば多少は許容されるかなと考えてたんだけど甘いのかな
- 日比野 暉彦(@bragelonne)
- ベストアンサー率16% (203/1213)
いい詩を見つけることです。 《いい》は 主観です。 それを読みからかして それにあやかればよいと思います。 あとは 語学も何もかも 直截には必要ありません。必要性としてつなげることはないと言ってよいのではないですか。ただしむろん それぞれの人生があります。 昔の話ですが いわゆる現代詩というものを読んでいましたが――読めるものと思って読んでいましたが―― 吉本隆明か大岡信くらいを除いて くだらんものばっかりだったというふうに記憶しています。 万葉集のいくらか そして 西欧の詩人たちのいくらかにおもしろさを感じました。 差別用語に引っかかるかも知れませんが 少年が作った詩です。 縁覚 (Sensation)――A.ランボ 夏の青い夜などに わたしは小さな野径をたどる ちくちくと麦穂に刺され 小さな草を踏みしめる わたしは幻に酔い 草々は足から心地よい ああ風よ吹くがよい わたしの剥き出しのあたまから 洗っておくれ わたしは口などを利くまい なにも考えまい ただ限りなき愛に飢え わたしはこころが昂ぶるのみ ただ果てしなき遥かかなたへ わたしはボヘミアンをたどるのみ 俗界を隈なく――わたしは西方へ行く おんななどを従えて
お礼
金子みすずではなくラノベを買ってしまった…
- 6mint6
- ベストアンサー率23% (96/409)
こんにちは。 私はたまに詩を書きますが、頭でいろいろ考えて書くよりその時感じた事を書きますね。 気分的には日記を書いている感じです。 その時、見たものや思ったことを言葉遣いに気をつけて詩にしてます。
お礼
思索ノートみたいなのは私もあります。でも正直なんなのかわかりません。 あとで第三者やマスコミにチェックされるのかなとか思って不安になることもあります。
お早う御座います。 「詩」も、絵画や音楽などと同様に「想像する芸術」だと思うのですけど、如何なものでしょう?。 そうすると、「芸術は、模倣より始まる」のは、「詩」の世界も同じだろうと考えます。 好きな詩集や作家に限らず、先ずは沢山の「詩」を読んでみる。 最初は、誰かの「物マネ」でもいいから、詩を書いてみる。 こんなところから始めるのが一般的だろうと思います。
お礼
詩集買うにもお金 この三年なんだったのか
お礼
お手本見つけないといけませんね