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鬼追式とは?毘沙門天と方相氏について
- 鬼追式とは、京都や奈良の寺院で行われる伝統的な行事であり、鬼を祓う儀式です。
- 鬼追式には、毘沙門天や方相氏の神聖な力が活躍します。
- 毘沙門天は鬼を鎮める力があるとされ、方相氏は鬼を祓う役を担っています。
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(1)「鬼追い」と言うものの、鬼を追い出すのではなく、鬼が無病息災や五穀豊穣を祈る「鬼追い」もあります。 西の比叡山と呼ばれる書写山円教寺では、赤鬼は毘沙門天の化身であり、青鬼は不動明王の化身とされています。 「鬼」と呼ばれていますが、どちらも「悪鬼(災厄)を追い春を呼ぶ神」として登場します。 書写山のちょっと東に位置し、円教寺の支配下にあった増位山随願寺の鬼追いでは、赤鬼は不動明王の化身、青鬼は毘沙門天の化身です。 毘沙門天は、古くから北方を守る「軍神」として信仰されていますが、七福神の一人として「福の神」でもあります。 毘沙門天をどのように解釈して、鬼追いの行事に取り込むのかは、寺院のそのときどきの住職の思想で決まると推測しています。 http://www.shosha.or.jp/shushoue.html 書写山 http://kobe-mari.maxs.jp/himeji/zuiganji_goma.htm 随願寺 (2)(3)については、次のサイトが参考になると思います。 追儺考 http://www.geocities.jp/edelfalter/recture/tsuina.htm 別件ですが、毘沙門天については少し調べています。 保立道久著『東アジアと平安日本 黄金国家』に、毘沙門天とムカデ信仰についての記述がありますので一部引用します。 982年(天元5年)藤原実資は、「蜈蚣ムカデ」が耳に入るという経験をし、そのしばらく後に、「黄金二五両」をもって「金の毘沙門天」を鋳造したという。(藤原実資日記) この金の毘沙門こそが、『大鏡』がいう実資の富をもたらした「金色の仏」の一つであったにちがいない。 この史料は蜈蚣が毘沙門の使者と信じられていたことを示す初見史料でもあるが、毘沙門天は、このように10世紀には福神としての神格をもっていたのである。
お礼
回答をありがとうございます。 赤鬼が毘沙門天の化身で、青鬼が不動明王の化身ですか。 で、赤鬼が不動明王の化身で青鬼が毘沙門天の化身としているところもあるのですね。 知りませんでした~。 とても興味深い話です。 東大寺二月堂の修二会は見に行ったことがあります。 「走りの行法」が一種の追儺だったのですね。 その別名が「龍天」、「毘沙門天」、「鬼手」、「鬼走り」で もともとは鬼を天部(龍天・毘沙門天)が追いかけ回すという儀礼であった! ということは毘沙門天が鬼を追うというのがより古い形式だと考えられそうですね。 役にたつサイトの紹介をありがとうございます! 『東アジアと平安日本 黄金国家』 私も読んでみることにします。 おもしろそうですね。わくわくします。 毘沙門天はもともとはインドのクベーラという神であったようですね。 クベーラは夜叉を使役して鉱物を採掘させる神。 坑道のことを百足穴などといって鉱山のある地域では「百足を殺してはいけない」などと崇拝しているところもあるそうですね。
補足
面白い回答でとても楽しく読ませていただきました。 ありがとうございます。