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情欲は罪ですか
- 情欲は罪であるかについて、アウグスティヌスの『三位一体論』の一節が考えさせられる。
- 魂は善き意志によって、情欲を内的なものとしてではなく、公共的なものとして捉えることが求められる。
- 情欲には弱さがあり、魂が身体の感覚を通じて得るものを追い求めることは恥ずべきこととされる。
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primeapeです。 私は野望と野心を言葉として使い分けています。 野望なら欲望の眷属です。 野心は感情が伴っており心に内包しえます。 野心の役目は欲望を出し抜く事で、無意識の積み上げた縁起すら打ち破る一匹狼です。 欲望に感化しなくなった後の野心は、その徳の高さゆえに運命すら打ち砕く存在としての本領を発揮します。 物事(現実)を好転させるきっかけを作ってくれる野心です。
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ご質問の趣旨とは少しずれるかもしれませんが「性欲」についてコメントします。 性欲とは異性に対する暴力と捉えています。 私は何も考えないで頭を真っ白な状態にする特技を持っています。 心理的には超人じみた側面がありますが、社会的不適合に近くニート寸前です。 私はいまや(後天的に)性欲がありません。 生殖する能力と意思はあります。 男性の場合睾丸から分泌されるアンドロゲンというホルモンが脳にも影響を与えますので、適齢期になると性的衝動に振り回されるのはいたした無いことです。 この衝動に欲望を結びつけたのが性欲ですが、その醜い側面を冷静に捉えると性欲とは特殊な欲望ではなく異性に対する暴力的衝動です。 性欲を本能と捉える一般的見解と、それになじんでしまった教養が邪魔をして性欲の何たるかを告発する言葉を紡ぐのは困難ですが、人間的衝動に還元できるのは性的衝動のみで性欲はやはり本能ではないと思います。 ただしアンドロゲンは睾丸から発生するので脳は性的衝動に受身です。 性欲と健康な性的衝動を区別できてすらそうです。 むしろこのアンドロゲンから開放されたいと言う欲望が性欲かもしれません。 「姦淫」この言葉は(男女の)共同マスタベーションと捉えるとわかりやすいです。 心を通わせることなくお互いの性欲を発散するためのマスタベーションとしてのセックスです。 避妊に失敗して、妊娠したらそりゃー不実に思えます。 コレの罪を考えると神に逆らう罪では無くて自分の本心に逆らう罪です。 出来ちゃった婚がそれなりに祝福される現在は古臭い考え方です。 神様の立場なら「何はともあれ子供が出来てよかったよかったこれからは生涯の伴侶としてお互いに仲良くしなさい。」こんな感じじゃないですかね。
お礼
primeapeさん ご回答をありがとうございます。 同じように わたしも照応し得ればと思います。 ★ 性欲とは異性に対する暴力と捉えています。 ☆ おそらく《暴力に見紛われる衝動とその実行意欲(つまり欲望)》だとも 思いました。 性行為は 衝動や欲望の問題である以上に 意志の――つまり 自由意志の――問題であるように考えます。 言いかえると 両性の合意(暗黙のうちにでも 合意)という 互いの自由意志の発動があるはづです。つまり たとえば 次の文章を そのように捉えました。 ★ 人間的衝動に還元できるのは性的衝動のみで性欲はやはり本能ではないと思います。 ☆ 暴力まがいの衝動と欲望とを 人間の人格全体――ということは 身体=精神の全体――において 互いが 受け止めていくならば あるいは その消滅と言いますか 昇華と言っていいのでしょうか(少し違うようですが) そういう或る種の仕方での解放が 望めるかも知れません。 ☆ 次の文章は おもしろいですね。 ★ 「姦淫」この言葉は(男女の)共同マスタベーションと捉えるとわかりやすいです。 / 心を通わせることなくお互いの性欲を発散するためのマスタベーションとしてのセックスです。 ☆ 両性それぞれが 責任を負うはづです。
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お礼
なるほど 野望は 欲望と そうは変わらないでしょうね。 野心は 或る種の見方で 裸の人間なる存在を前提して 《スサノヲ人間語》としての自己表現やその素朴な意志という側面を 連想させるように感じます。つまりは 白紙の状態に近いとも思われます。 ★ 欲望に感化しなくなった後の野心は、その徳の高さゆえに運命すら打ち砕く存在としての本領を発揮します。 ☆ これは やはり ★ 欲望に感化しなくなった ☆ というところに 境涯の問題が潜むのでしょうね。世間のしがらみに影響を受け 同調さえしつつも もはや左右されなくなったというような。 あれぇっ。primeapeさん これですと ▲ 私たちが いわば帰郷の道のように旅するこの人生を 人間にとって常なる試練が私たちを捕捉するように送ることは偉大なことである。 ☆ という事態を言い当てているかも知れませんよ。《捕捉されつつ 左右されることなく 試練を少しづつ――という意味は 相手との関係過程において―― 解いていく》というような。そうかも知れませんね。どうですか?