体罰でない罰(懲戒・制裁)はありましたか?
皆さんの学校では、「体罰」によらない「制裁」がありましたか?
その罰に理不尽さを感じたことはありませんか?
管理教育が問題となった時代のことです。殴るけるなどの直接の体罰はほとんどなかったのですが、制裁というか罰が制度化されたように頻繁にありました。
そのころは、生徒を説得して指導するのではなく、何かと制裁が多く、制裁が怖くて従っていたようなきがします。そのため、生徒が何かと先生の顔色を伺ったり、ビクビクして暮らしていたような記憶しかありません。また、理不尽な罰が多く、自分に非がないのに制裁を受けたり、人格を否定するような罰だったり、今考えるとかなり問題になりそうなことが日常行われていたような気がします。
体罰は禁止されているので、懲戒と称して罰を与え、見せしめとして指導する。何かと連帯責任にして、生徒間で精神的に圧力をかけるということが多かったと思います。
例えば、(1)クラスの1人でも失敗すると全員にレポートを書かせるとかグランドを走らせる(連帯責任)(2)水着を忘れたら裸で泳がせる、(3)校門の人通りの多いところに立たせる、(4)いつもプールに入らない見学者がいると冬近くまでクラス全員水泳の授業にする、(5)真夏の炎天下に同じ体操を延々させる、(6)少しのミスで課題な罰(真夏の炎天下にグランド5週(冬は上半身裸で)とか冬に屋外プールで400メートル泳ぐ)などは見せしめの要素が強く、懲戒とか罰とかいえないような気がします。
体罰を否定しても、先生の指導力がなければ、懲戒というなの罰が利用されることは予想されます。今ならパワハラ・セクハラと言えるかも知れませんが、学校という閉鎖的な社会では、懲戒のための手段として、暴力ではない形での罰はあると思います。
体罰をなくすということは当然ですが、その代わりの手段として懲戒・制裁が行われないように注意する必要があると思います。
お礼
早速の回答ありがとうございます。 実は、疲労骨折はしていたのですが、それもここのせいとは限定できないか?と考えていました。 3が認められればうれしいのですが。まともな会社なら、そこまで行かずとも示談できそうですが、ここは会社の組織がでたらめで、責任者も出さない、連絡はケータイ、事務所はアパートの一室という感じで、話にならず、困っています。お金のことはいいのですが、心の被害が悔しい次第です。