• 締切済み

死ぬとどうなるのでしょうか?

どのカテゴリが適当か解らないのでこちらで失礼します 時々ふと考えてしまいます 死んだらどうなるのかな~?と 漠然と無になると理解してますが、無がそもそも想像し難くて・・・ 友人とこの事を話した事があり 色の無い世界を想像する事は無理だね(白か黒になる為) そんな感じで死んだ後を想像するのは無理な事って結論でした ま、誰しもが必ず経験する事なので答えを知りたい訳ではないのですが 皆さんはどんな様に思っているのか気になりました 輪廻や転生、天国や地獄などまったく信じていません 宇宙的に考えれば人が死ぬなど何も無かった事象の一つです それを踏まえて 解答頂けたら幸いです

みんなの回答

  • cabin504
  • ベストアンサー率8% (30/341)
回答No.19

死んだら、死体になります。 その後は、火葬をされて 骨になります。 そして、壷に入れられて お墓の中です。 考えなくても、見ればわかりますね。

  • puregrape
  • ベストアンサー率25% (12/48)
回答No.18

マタイ福音10:28「貴方達は、体は殺す事が出来るけれども、魂は殺す事が出来ない者達を恐れず、むしろ魂と体を両方とも地獄で滅ぼす事が出来るその方を恐れなさい。」                                                                                                                ヘブライ書9:27「一度死ぬことは人々に定められたことであり、その後には審判が定められてあります。」                                                                                                              全ての人が、死によって結果が同じなら、それこそ、私はこの世の中で一番可哀想な人、です。そして、貴方は私よりかなり、この世の中で賢い方、なんです。

回答No.17

・・あの、死んだら生き返るなんて冗談じゃないですよ。 もう二度と戻ってこないかけがえのない命ですよ。 だから大切にするんじゃないですか。 理屈はどうあれ何故今生きていることに感謝できないのですか。 宇宙的でも何でも結構です。 だけれども、何も無かったというのは云い過ぎです。 あなたの将来、子どもたちや、書いたこと、作ったものは残ります。 それはあなたがそこに居た証です。 それと一寸の虫にも五分の魂が宿るといいます。 命を大切にして下さい。 ご自分で解答が出ているのでしたら、 死ぬとどうなるなんて下らないこと質問する必要もないでしょう。 ご自分の幸せを考えてください。

noname#82286
noname#82286
回答No.16

死んだら死後の法則に従うだけです。以上!それ以外ないです。絶対ないです間違いないです俺を信じろ!

  • code1134
  • ベストアンサー率20% (703/3370)
回答No.15

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1394160.html (のNo.5) http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1456099.html (のNo.10) http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3648451.html 上掲URLでも触れましたが、1組の夫婦が子を儲ける選択を偶々して、その結果生まれたのが私なのであって、死んだらそれ(即ち、自らの出生)以前に戻るだけの事でしょう。 私も全くと言って良いほど"輪廻や転生、天国や地獄"等と与しない派ですが、"天国と地獄"をイメージする人間が実在し、音楽や絵画、文学として著わしている現実は否定しませんし、それが悪だと迄は解しませんが。 http://okwave.jp/qa1166732.html

  • michael-m
  • ベストアンサー率50% (2724/5433)
回答No.14

無になると信じているなら、そのまま「無」になるということです。 どんな状態かと考えるのは、貴方と言う自我が存在するから考える事であり、自我がなくなるのですから「どんな状態か=自分がどのような状況に置かれるのか」と考える事自体に矛盾が生じてしまいます。 従って、白も黒もありません。その様な概念自体がないのです。 この世から死後の貴方を見ると、コンピュータのメモリーを完全消去したのと同じと考えれば良いかもしれません。どんなに分析しても、何も検出できないのです。 遺るのは単なる物体。メモリーを消去されたコンピュータと同じです。しかも人間は再インストール出来ませんから、朽ちるだけです。

  • miledoor
  • ベストアンサー率13% (25/180)
回答No.13

OKWAVEに書き込みをするのは総て生ある者ですから、聞いた話や想像しか出来ないわけです。 >>輪廻や転生、天国や地獄などまったく信じていません ということなので、「死んだらカスも残らない」と思っていればよいのでは? >>皆さんはどんな様に思っているのか気になりました これには回答できますね 「あの時なんでこうしたのだろう?」「あれは、ああやっていおけばよかった」というような後悔に似たを思いをしたことはありますか? 肉体を失った後は、そういった自己嫌悪が煉獄のごとく訪れる。 と聞いたことがあります。 ちなみに私は、「事故や自殺の多い場所」や「早期転出者の多い事故物件」には「何かある」と考えるタイプの人間です。

noname#80116
noname#80116
回答No.12

Q:死ぬとどうなるのでしょうか? A:わかりません。分からないとまづ 分かることが大事なのではないでしょうか。 ★輪廻や転生、天国や地獄などまったく信じていません。 ☆わたしも同じくです。死もしくは死後は どうも まだ経験領域のことであると言うべきではないでしょうか。その意味は 人は死んで神になる・仏になる あるいは 輪廻を繰り返すというものではないように思われます。 (もしくは これら神・仏・輪廻というのは 経験的な概念として 人は 持ち出して来て取り扱っているに過ぎないということです。つまり 文学の表現の問題 あるいは 気休めの問題です)。 いま現在の経験行為とつながっているという見方であり いまどう考えるかの問題であるほかないであろうと思われます。  たとえば因果応報の見方をする人は その人自身の善悪論によって 善因善果(楽果)・悪因悪果(苦果)の法則のもとに 死後も 推移すると いま その経験思考において 捉えているということだと思います。  そして このように もし死後も経験領域であるとしても 特徴となっていることは その結果が 人間には 分からないということです。 (もし仮りに 超経験の領域があって 死後の世界がそうであったとしたら 余計に分からないことがはっきりします。ただし そういう見方は まちがいだと考えます。なぜなら 超経験の世界は すでにいま現在 つまり時間という経験領域にある限り常に 想定され得る領域だからです。死後にだけ 想定することは 間違いだと思われます)。 こう考えて わたしの答えは 《分からない》です。 もっとも 信仰としては 《最終的に 死が滅ぼされる》という将来の方向を捉えようとしています。そうであるかどうか これも 分からないという意味ですが。 (この点は いまもう深入りしませんが 分からないというときには 人は 賭けに出ると言えば 分かり易いかも知れません)。

  • lv4u
  • ベストアンサー率27% (1862/6715)
回答No.11

>>死んだらどうなるのかな~?と 人間の魂が生まれる前にいた世界に戻っていくので、そちらの世界での生活がはじまると思っています。また、生きている時でも、睡眠中は、霊界に戻っていろいろやっているようです。もちろん、そのときの記憶はほとんど残らないようにされているようですが。 戦時中など、兵士が死んだときは、故郷では、家の戸が開くなど、不思議な現象がよくあったようですし、現在でも親類・縁者の死に関しては、最後の別れに魂が訪れる現象は、多くの方が経験されているようですが、あまり大きな声でその経験を語らないようです。病院関係者や葬儀関係の方に話を聞けば、いろいろと霊・魂に関しての経験を聞けると思いますよ。 ちなみに、キリスト教は、死んだら煉獄行きで、意識も、生まれ変わりも無く、気絶した状態で「一千年王国」が実現したときに肉体をもって再生することのように漠然と考えられているケースが多いようです。 19世紀のスピリチュアリズム運動以降は、西欧でも、霊の実体化実験とか、降霊実験などを通じて、前世、生まれ変わりの考え方も出たようですが、主流にはなりきれなかったみたいですね。 イスラム教では、聖戦(自爆テロ等)で死んだ兵士は、天国で何人もの処女を抱いて、お酒飲める(酒池肉林?)とされてますが、女性が殉死した場合にどう考えられているかは不明。 人間は、生きている時、常に脳と霊界とのデータリンクを保っているそうですので、霊界と物質界の接点としての脳の研究がさらに進めば、この手の話題について、科学的に測定可能な実験方法が発見されるかもしれませんね。

回答No.10

私は、科学やその他の事物の死を自己に適合させることは、死は無になることらしい、、、という妥当性しか導けないという屁理屈を唱えたいです。宇宙的という表現は、時間軸と空間軸の遠大な人間の認識できる対象を扱っていますけれども、宇宙を捉え切れていない人間である以上はSFの捉えられる範疇よろしく、空想の域を出ないからです。SFの確かさと宗教の不確かさは、抽象度を上げれば人間の把握できない宇宙的な部分はどうも同じくらい見えない事象です。 少し気になったのですが、まずは生か死か?という問いは、正しいでしょうか。質問者さんの言う色が無い世界は黒か白かではありません。白は黒が無ければ白だと分かりませんし黒は白が無ければ黒だとわかりません。実際に、あるインディアンは色が在るか無いかしか、考えない民族がいます。虹を見て7色と言うのが日本人ですが、虹を5色や8色と言う民族がいれば、そのインディアンは虹を見て「色がある」…つまり1色にしか見えないのです。色は無か有か?という感覚で生きている人が実際にいます。仏教による色の定義も色即是空などの色の抽象的な概念も少し似ていますが、こうして、生と死の概念を切り分けるために、昔から宗教も哲学も取り組んできましたが、二元的に捉える事さえも非常に困難です、、、というよりか、実は、生と死という認識そのものが、個人主義が生んだ誤謬なのかもしれません。死が無なら生もまた無です。 生も無いんだ…と結論つけたいのではなくて、生と死という概念を疑い続ける必要があると考えています。それが哲学的生き方じゃないでしょうか。

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