旧ソビエト連邦が崩壊したときに独立をはたせた国とできなかった国の違いは何?
ソビエト連邦から見事独立できた国とできずにいまだに抵抗を続けている国の勝敗の理由とは何でしょうか?
旧ソ連が1991年に崩壊した際、周辺の共和国のいくつか(例:バルト、ウクライナ等)は独立をはたしました。しかし、よくわからないのがそのタイミングに独立をはたせなかった地域の事です。例えば、チェチェン共和国は今でも激しい抵抗を繰り返しております。独立を許すという事は国家の崩壊へとつながるし、独立派は国家転覆をもくろむ反乱分子という感じに喧伝されます。それゆえ、政府は虐殺もやむなしという勢いで沈静化を図ります。
チェチェンにはパイプラインがあり、その権益を守るために独立を認めないという事はよくいわれておりますが、それならばバルト海への港をもつバルト3国はなぜ認めたのか、また○○スタンの地域にも地下資源は豊富にあります。
結局どの地域にも、資源、民族、宗教の違いは同じようにあり、同じように自分たちの国家を持ちたいと考えていると思います。そこで、これらの共和国で見事独立できた国とできずにいまだに抵抗をしている国の勝敗の理由とは何でしょうか?
(一言ですます簡単な回答ではなく、掘り下げた内容のご回答をいただけるとうれしいです。)
さらに…
余裕があればご回答下さい。
ソビエトに強奪された地域の一例として北方領土があります。
この崩壊・独立の混乱のタイミングで返還の努力をしていれば、日本も他の地域と同様に取り返す事ができたのでしょうか?
国民の理解の不足、また外交が票につながらないのは理解できますが、このチャンスに国を挙げて行動をとれなかったのはなぜでしょうか?
以上、よろしくお願い申し上げます。