合理的な疑いを超える程度の証明
刑事や民事の事実認定は合理的な疑いを超える程度の証明がなされるとできるといわれています。
まず、証明の程度は刑事でも民事でも同じなのでしょうか?
また、合理的な疑いを超える程度の証明とはどんな程度まで証明できればいいのでしょうか。
判例では「十中八九確からしい」とか「健全な社会常識に照らして反対事実の可能性が合理的でない場合」なんていわれてますが、この程度が主観的でわかりづらいです。
例えば、仮にDNA鑑定で犯人と別人とされる確率が1%程度だと判定されたら犯人と認定してよいのでしょうか。私の主観ですが、1%というと、だいたいコインを投げて8回連続同じ面が出る確率(1/128)に近く、まず別人ということはないだろうな、と思うので、犯人と認定してしまうと思います。
だって、常識的にコインが8回連続で同じ面になることなんてまずありませんから、そんな程度なら
文言的な意味としては「十中八九確からしい」とか「健全な社会常識に照らして反対事実の可能性が合理的でない場合」といえると思います。
でも、実際はもっと別人の率が低くないと裁判では事実認定されないんですよね、たぶん。
「十中八九確からしい」というと、大部分は、たいていは、ほとんど、といった意味で、通常の意味
なら1%どころか5%でもこういって全く問題ないと思うものの、裁判の認定はわかりづらいです。
その他確率で表せない事例の場合はどうするのでしょうか?
(1)万引きを6,7回やって、すべて出来心だったと弁明したケース
確率で表せないと思いますが、万引きを6,7回やって、すべて出来心だったというのは常識的には
まずないと思います。罪を軽くするために嘘をついてると判断しますが、「合理的な疑いを超える程度の証明」があったとして事実認定していいのでしょうか?
(2)トップの嘘の辞任理由の追及
例えば支持率の低い政権が選挙が近くなって、突然に「体調不良」を理由に首相が辞めた。
しかし、首相は体調が悪い感じではなかった。常識的には選挙のために辞任したんだろうと
多くの人が見抜くと思いますが、裁判で辞任理由が争点になったとき辞任理由を嘘と
認定してよいか。(こんなのは仮想的な話で現実にはないでしょうが。)
合理的な疑いを超える程度の証明というのは主観的ですよね。