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三角貿易での毛織物

ヨーロッパから新大陸へ毛織物、新大陸からアジアへ銀、アジアから香辛料をヨーロッパへというのが三角貿易ですが、毛織物って新大陸で売れるんですか?あつすぎる気がするのですが。それに、貿易っていっても、新大陸の銀は奪ってしまうんじゃないですか?何だかすっきりしません。どなたか教えてください。

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  • tanuki4u
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回答No.1

毛織物を必要としたのは 「在南米のスペイン人」 です。 在南米のスペイン人が、新大陸の銀を収奪して、豪華な生活をするための必需品が 毛織物であります。 ここで ポイントが 二つ 日常品が貿易されるようになったのは、19世紀になってからで、それまでの貿易品は奢侈品であります。 江戸初期の輸入品のメインが生糸。じゃぁ日本人がみんな絹の服を着ていたかというとそうではない。一部の富裕層が使っていただけです。 二つ目は、私の想像なのですが、毛織物といっても、タペストリーの類ではないでしょうか? スペイン帝国領であった、フランドル地方が16世紀にタペストリー製造の最盛期を迎えています。 「王たちや貴族たちは屋敷や別荘や旅先へタペストリーを丸めて持ち運び、到着すると壁に掛けて楽しんだ。」< Wikipediaの タペストリーより。

wisteriver
質問者

お礼

実は、この教えて!gooを初めて使いました。こんなに早く返答してくれるなんて、正直感動です。ありがとうございました。

その他の回答 (1)

  • komes
  • ベストアンサー率29% (147/494)
回答No.2

三角貿易に登場するのは私の知るところではヨーロッパから繊維製品、ラム酒、銃器が西アフリカに輸出され、西アフリカから奴隷を西インド諸島に輸出、西インド諸島から砂糖、煙草がヨーロッパにもたらされた という貿易のことを指すのですが・・・  銃器はそれにより奴隷を獲得する手段でした。 今一つは中国から紅茶がイギリスへこの対価として銀が中国に支払われ、銀の流出がイギリス経済を破綻させるので変わりに綿織物、アヘンを中国へ輸出という関係を指すと理解しているのですが・・・。 英国で喫茶の習慣がおおくなり茶、砂糖の消費が急増したのが一因です。 毛織物が登場するケースはしりませんでした。 アジアからの香辛料は金銀での取引はローマ時代から続く関係ですがその当時はアジアからの一方的輸出だったと思います。

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