俳句の説明
俳句(5・7・5)って17音ですが、かなり短いなあ、と思います。
私は普段は、俳句を作るわけでもなければ觸れることもないのですが、17音しかなければ作者の意図する情况と讀者の解釋との間にずれが生じることは、よく起こることだろうと思います。
また、讀者は「この作者はいったいどういう情况を思い浮かべて俳句を作ったのだろうか」と疑問に思うこともよくあることだろうと思います。
このサイトでも、「この俳句はどういう意味なのか」という質問がたまにあります。
そうすると、俳句には、5・7・5の部分だけでなくて、作者自身による情况説明があってもいいし、むしろそのような文を附けるべきだという考え方も生まれてきます。
このような考え方についてどう思いますか? これが質問です。
このサイトの過去の質問の
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=468283
回答No.3には
「俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。」
と状況説明について觸れられています。
・5・7・5だけが俳句であって、餘計なものを附けるべきではない。
・讀者によって違う情况を思い浮かべてもよい。かえってそれがおもしろいではないか。
・情况を説明した文を積極的に附けるべきだ。
・状況説明は必要だが、作者自身によるものは要らない。
などなど、色々な考え方があろうと思います。
別の質問で「ポケットに 手を入れている 陸上部」という俳句の意味についての質問がありました。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=426156
私は、これが有季の俳句なら季節は冬なんでしょうけれど、普通、ポケットに手を入れながら走ったり跳んだりしないでしょうから、まるで冬に練習をサボっている情况を思い浮かべました。
そこの質問者の方とも審査員の方とも違う解釋になりました。
お礼
ありがとうございました。参考URLも添付していただき、感激しました。作者の履歴や顔で結構盛り上がりました。また見つけたら、お願いします。