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その後のカイン
エデンの園を追われたアダムとエバは、二人で働きながら暮らし始め、やがてカインとアベルという二人の息子が産まれました。 カインとアベルは仲たがいし、カインはアベルを殺し、放浪者となります。そして、カインはエデンの東、ノドの地に移り住むわけですが……ノドの地にはすでに人が住んでおり、カインはこの地で結婚して子供をもうけます。 ちょっちょっちょっと待って下さいよ。アダムとエバは神が造った「最初の人間」であり、全人類の祖先なんじゃないんですか? だったら、アダムとエバの息子カインがよその土地に行って、そこに人が住んでるわけはないでしょう? 実は人間なんかすでに大勢いて、アダムとエバはその中でも特別に優良な種として神が育てようとしたのでしょうか。(品種改良みたいなもんか?) それとも、エデンの園みたいな場所は他にも世界中にいっぱいあって、それぞれに「アダムとエバ」がいたのでしょうか? もしそうなら、禁断の木の実を食べたのはたまたまアダムとエバが愚かだっただけであり、その他の大多数の人間には無関係な話(つまり原罪でも何でもない)だということになります。 それとも、他の「エデンの園」の「アダムとエバ」も、全員禁断の木の実を食べてしまったのでしょうか? そうだとしたらそれは人間の本質ということであり、造った神の方に設計上の問題があったのではないでしょうか。 どういうことなのでしょうか。
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先の「カイン」についての質問(以下の参考URL)に少し書いたのですが、「創世記」に記されているエデンの苑の神話は、イスラエル(ユダヤ人)固有のものではなく、他の文化の創世神話を借用したものです。 無論、そこに「編集」があり、ユダヤ神話の形になっているのですが、色々と矛盾というか、おかしい所が出てきます。 アダムとヘーウァが最初の人間であるというのは、神話規定であって、これは、そのまま受け取るしかありません。 しかし、アダムとヘーウァとそのあいだの子どもたちだけでなかったのは、聖書を読んでみると明らかです。 一つに「巨人族」というものがいます。巨人族の娘たちと、天使が交わって、美しい種族が生まれ、アダムの子孫が、それらの娘と交わり、子孫を造るという過程もあります。しかし、「巨人族」は何時造られたのか、という疑問も出てきます。 「み使い=天使」も登場するのですが、これも何時の間にか存在しています。天使は、創造の初期の頃、多分、一番最初の光と闇が分けられた時に創造されたという説がありますが、「聖書」には明示的には記されていません。 アダムとヘーウァが最初の人間で、「楽園追放」がドラマティックにあったというのは、一つのまとまりのある神話です。 エデンを追われたアダムたちは、地に居住するようになるのですが、この話は、すでに別の神話へと移行しています。別の資料を基に記されているということです。そこでの資料では、「巨人族」以外にも、すでに大勢の人々がいたことになります。 整合が取れませんが、「聖書」には、それだけしか書いていないので、想像する余地はありますが、別の神話や別の資料に基づくと考えた方がよいでしょう。 有名なのは、「創世記」においては、「エローヒム文書」と「ヤハウェ文書」という二種類の基本資料があり、「創世記」の編集においては、この二つの文書を併用しているということです。 これは、神を、「エロヒーム」と読んでいる部分と、「ヤハウェ」と読んでいる部分があり、交互に出てきて、重複する内容を述べるので、古くから確認されていたことです。 例えば、創世の七日間のできごとについて、二回、重複した記述が出てくるはずです。一方が、「エロヒーム文書」で、他方が「ヤハウェ文書」です。 編集者は、原資料自体が、相互に矛盾したり、よく分からない部分が多数あるので、これを元に一つの文書を作成する時、何とか整合性を図ったのでしょうが、どちらかを選ぶと言うこともできないので、「エロヒーム文書」と「ヤハウェ文書」を並列したり、「飛躍」と思える記述を残さざるを得なかったのです。 「創世記」だけでなく、イスラエルの歴史については、「サミュエル記」「列王記」「歴代誌」などに歴史記述がありますが、明らかに重複しており、平行記事が多数あります。ところが、同じできごとを扱った記事を読み比べると、数字や、内容が違っている場合があります。 これは、依拠した資料に違いがあったのだと言えます。 あるいは「新約聖書」のなかには、「福音書」が四つあり、それぞれにイエズスの事跡や事件を記していますが、読み比べると、同じ出来事について、違う説明があることが多いです。 「聖書」は、一人あるいは複数の作者が、全体に筋が通るように、整合的に書いたものではなく、昔からの伝承文書資料を基に、後で編集したものであり、それぞれの文書が独立に編集されていますから、「聖書」全体としては、矛盾や話の合わない場所が一杯あります。 一つの文書内でも、整合が取れないのが、「創世記」などです。これは、「神話」の類に属するので、飛躍しているように思える部分や、整合の取れない部分が多数あります。ただ、こういう形で「聖なる書物」と認めてきたのだということは重要です。 勝手に文章を書き加えれば、例えば、「アダムやヘーウァの子孫に仕える者たちとして、神は、アダムの息子たちの髪の毛などから、多くの人を造り出した。カインは、そのようにして生まれた美しい娘を妻にめとった」などとすれば、筋は通ります。 しかし、そういうことはしなかったということです。一旦、編集が終わると、「聖なる書物」になり、勝手に内容改竄はしなかったのです。 (ただし、「新約聖書」などの場合、編集上の加筆というものがあり、「旧約聖書」でも、それはあります。文書が成立した後、伝承の途上で、書き加えられたと考えられる部分です。これは、聖書において、括弧記号などで囲んで、それと分かるようになっています)。 >No.297779 質問:カイン >http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=297779
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- name-label2
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御礼ありがとうございます。 実は……回答を書いてから、ふと同様の疑問がわきました。第一……第一ですよ、城壁のある町をカインと家族のみで建設できるわけないし、たった数年、数十年で人口が急増するのはおかしいなぁと。もちろん、妻はどこから来たのでしょうということも。私には解説不可能です。う~ん、回答するんじゃなかったですねσ(^^)。 私も、このケースで近親相姦も否定できないんですよ。カインとアベルのことがエバの教育方針の成果の違いだった?としても、いわゆる妹の存在=恋の争いという御推理もあながちすっとんきょうな推理ではないかもしれないと思います。妻も神が創ったというのは聞いたことがないしですね。やっぱり妹の存在が最も自然?ですよね。 私は、神学者やキリスト教徒には悪いのですが、物語としての聖書には魅力がありますが、これが真理で教義だと言われると引いてしまう人間の一人です。nyannnyanさんがキリスト教徒だったらごめんなさいね。
お礼
ありがとうございます。
- neckon
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参考URLはキリスト教関係の出版社のQ&Aです。まあ、こうとでも説明するしかないだろうけどねえ……という、かなりトホホな説明ですが。 まともな説明を考えるなら、聖書というのはユダヤ人が征服した諸民族の神話を取り込みつつ、つぎはぎによってに成立したものですから、矛盾があるのは当然で、突っ込んでもしょうがないですよ、ということになってしまいます。「楽園追放神話」と「兄弟殺し神話」と「追放された罪人神話」を、ユダヤ教に都合のいいようにカット・アンド・ペーストした結果が、こういう矛盾となって現われているんでしょう。 またそうした矛盾も丸飲みにして信じるというのが「信仰」というものの本質なんだろうと思います。
お礼
ありがとうございます。
- name-label2
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面白い御質問ですが……。創世記の解釈ではこうありますが……。「自分が憎しみを持った弟を殺した今、両親が生み育てた弟や妹たち以外はこの地上に存在しないときに、彼(カイン)はその弟や妹たちを恐れて自分の愛する妻や子供たちを守る為に、誰も危害を加える者などいないというのに、恐怖におびえて城壁のある都市を建設した」。つまり、カインがその都市を建設したというらしいですね。よくは存じませんが。
お礼
ありがとうございます。 でも、…ますますわけがわからないですよ。その「自分の愛する妻」というのはどこからわいて出たのでしょうか?? それとももしかして、聖書には明記されていないけれども、実はカイン,アベル以外にももう一人妹(か姉?)がいて、アベルを殺した後でその妹ともども家出したのでしょうか。そして他の地で結婚し、妹は妻として子供を産んだと。 当時は他に人間がいないのですから、他に方法がない以上は近親相姦といっても別に不道徳と非難するようなことではありません。がしかし、全人類の祖先である人間が近親婚をしていたというのはあまりに問題がありそうだったので、削除されたのではないでしょうか。 もしそうなら、アベルを殺した原因は、実は恋の鞘当てだった? いかがでしょう。この推理は。
お礼
ありがとうございます。