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徳川家康はなぜ大御所の役職を作ったのか?
徳川家康は晩年は将軍の座を息子の秀忠に譲って自分は大御所に就きましたよね、会社で言えば社長を引退して会長になったとか、名誉社長や名誉会長にでもなったといった感じでしょうか。 でも大御所になっても秀忠を裏で操って結局は自分が将軍のときと変わらないような気がするのですが、どうして大御所を作ったのですか?
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家康は当時としてはかなりの長寿で、正直いつ死ぬかわからない状態です。子供も多くあり、もし突発的にいい加減な死に方をすると次男、三男、四男の間で相続争いが生じ、豊臣家も動き出して幕府空中分解の危険性さえあります。当然家康が死ねば反旗を翻す大大名もいるでしょう。(豊臣に従った福島・加藤等、伊達、島津あたりです)それを防ぐために、自分に実力があるうちに、完全に相続争いに決着をつけました。つまり職権を引き渡すことに目的があるのではなく、将軍職を譲ることにより跡継ぎを明確することに意味がありました。実際にはまだまだ政治を取り仕切る意欲があったのでしょう。
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- tanuki4u
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回答No.1
徳川家で将軍職を続けることを公示するために、自分が将軍を辞める必要があったので。 大御所は役職ではありません。尊称です。