少し説明を追加します。
職場に行って,李思敬著「音韻のはなし--中国音韻学の基本知識」(光生館)を見てみましたところ,これらの文字は北京方言でもかつてはk音だったと考えられているようです。
少なくとも,元(げん。チンギス・ハーンのいた元です)のころまではk音を保っていたのが,その後,後続の介音[i]の影響で調音点が前にずれ,k音が口蓋音化(palatization)されて[t∫]音(厳密にはちょっと違い,∫ではなくてcの右下をクルンと丸めた発音記号を使う。ピンインのj)になったようです。
(ご存じかもしれませんが,中国語の音韻学では,中心となる母音の前にiやuがつくばあい,これらを介音と呼びます。ピンインでかくとia, ie, iau, iou, ian, uai, uei, などに見られるiやuがそれです。)
ピンインでjのあとには必ずiが来ており,jaとかjoといった発音がないのはそのためでしょう。
juも本来はuの上にウムラウト(¨)がついた音であり,lu/l¨uのような対立がないのでピンイン表記では省いているに過ぎませんから,これもiの類似音があとに続いているといえます。
もう一つ,袁家{馬華}ほか著「漢語方言概要」(文字改革出版社)の第12章「総論」にも同様の記述があります。(なお著者名の{馬華}はこれで一文字)
原文ではたくさんの実例を用いて詳しく書かれていますが,うんと簡単にまとめると,
中古音の牙喉音(現代のピンインでかくとki, gi, ngi, hiなど)は,大部分の地域では基本的に舌面音化しているが,びん(門がまえの中に虫)語(福建語),粤語(広東語),客家語(福建・広東・江西の境界付近で話されている言語)では舌根で調音される音を保ってきている。
ということのようです。
なお,牙喉音・舌面音という用語は,いずれも中国の音韻学で伝統的に使われてきたもので,ふつうの音声学のテキストではそれぞれ,軟口蓋音,硬口蓋音ということが多いです。
以上より,これらの漢字はもともと中国の広い範囲でピンインのk・g音として発音されていたが,その後北方方言を中心としてかなりの範囲でj音に変化した。しかし,南方の方言では昔の発音が残っており,また朝鮮・日本でも,それが伝わってきたころの発音を保持している,と考えられます。
お礼
とてもわかりやすく詳しい説明をいただき、ありがとうございました。これからさらに中国語の発音に興味が湧いてきそうです。(正しい発音はまだできませんが)。ピンインが必ずしも発音を表していないことに、最初は戸惑いました。国際的に標準として用いられる発音記号はあるのでしょうか。本当にありがとうございました。