遺伝子浮動(genetic drift, random genetic drift)は現象として知られていたことで、誰かが考え出した概念上のものというのとはちょっとちがいます。
遺伝子浮動による遺伝子頻度の変化を初めて数理的、確率論的に研究して理論を確立した人ならば、統計学理論でも有名なフィッシャー (R. A. Fischer) です。
しかし、フィッシャーは、遺伝子浮動が遺伝子頻度の変化におよぼす影響はきわめて小さく、重要なのは自然選択であるという考え方でした。 つまり、遺伝子頻度の変化は、個々の遺伝子の変異が有利・不利を生み、もろに自然選択にかかるためであるという立場で、当時、主流派でした。
それに対して、遺伝子浮動の理論的研究のもう一方の雄、ライト (S. Wright)は遺伝子頻度の変化に対する遺伝子浮動が重要だと考えていました。分断された小集団の中で、遺伝子浮動によって多数の遺伝子座の遺伝子頻度が変化し、より有利な組み合わせになった小集団が他の集団を駆逐するというシナリオです。フィッシャーらの陣営とは対立する立場で、論争になっていました。
彼らの次の世代の木村資生は、分子レベルで遺伝子の変化を調べると、有利でも不利でもない中立的な変化が進化時間と比例して増えていくということを明らかにしました。これは、当時広く受け入れられていたフィッシャーの理論の基幹となる、個々の遺伝子の変化は有利・不利を生み選択される考えが、実際には当たっていないことを示しました点で、画期的だったといえます。
なお、自然選択と中立説は、進化の異なる側面を説明しているだけで相反する考え方ではありません。中立説はせいぜい、「フィッシャーの考えた」自然選択のモデルを否定するだけです。木村資生自身も、ライトに近い立場をとるダーウィニストの一人です(だからこそ、今西進化論と徹底的に戦った)。
私の理解の不足、誤りがあるかもしれません。
木村資生「生物進化を考える」(岩波新書)が、手ごろな参考書になると思いますので、読んでみてください。
補足
詳細な説明をありがとうございます。 すると、木村さんの仕事は、「ライトが考えた説を、分子レベルの遺伝子変化で示した」と理解してよろしいのでしょうか?