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乳幼児の点滴や、処置を行う時に親を子供から離す事についてどう思われますか?
病院で、子供の処置や点滴などをする時に、当たり前のように子供から離された経験はありませんか? そのときの率直な気持ちを聞かせてください。 親の気持ち、医療従事者としての考えなど様々な方からの意見をいただきたいです。 医療従事者の配慮(子供の辛い姿を見せることによって親が胸を痛めるからなど、考え方は様々であると思いますが)からの行為であるとの意見を聞いたことがあります。 逆に、側にいたほうが、親も子も安心するという意見もあります。 いろいろな意見をお願いします。
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何度もすいません。ちょっといい忘れたような気がして。 処置室に送り出す際、母親の役割として落ち着いて送り出し、子供を安心させることは、子供が病院のスタッフを信頼して全ての治療を任せることにも通ずると思います。 お母さんが医師の話や病院のスタッフの話をしっかり訊き、納得して処置のため子供を預ける。 このときに親が不安がって病院に対する不信をあらわすと、子供も病院、白衣に対するトラウマを持つことになります。 何度めかの入院でしたか、同室になったお子さんで 術後間もなくて、ひどい白衣不信のお子さんがいらっしゃいました。なんでも手術や診察でとても痛い思いをたくさんしたとかで、看護婦でも医師でも白衣と見ると泣き出すので殆ど全ての治療らしい治療もできなかったようです。 御両親も同室になった当初から病院に対する不信が強かったようで窓の外以外何も子供に見せないように(窓際のベットでした)、朝から晩までベットの間仕切りのカーテンをかけっぱなし、カーテンがあいているときは代わりに布団をかけるといった具合で、私などは隣のベットなのに子供の顔もろくすっぽ見れなかったくらいです。 最後は子供がすっかりストレスで食事もできなくなって、かといって点滴も親がさせず?数日で 完治もしていないのに 真夜中、ナースステーションにゴリオシして退院していきました。 看護婦さんも「ここで退院しても、食事ができるようになるとは限らないし、必要なケアができないのでお子さんのためになるかどうか」と必死に説得しようとしていたのが記憶に残っています。 不安なこともあるでしょうが、病院の指示する内容を信じて任せるところは任せる、病院を信頼してその姿勢をしっかりと子供に見せる、その結果確かに子供にとっては 痛いこともあるでしょうし、その「痛かったこと」の中には本当はお母さんからみて「?」と思うこともあるかもしれない。 しかし、そういう時でもぐっと我慢して 医師を信頼する姿勢を崩さない。そういったことが子供に対するケアとして必要なことがある。 そのひとつとしての「点滴処置の時に同席するか否か」というテーマだと思います。 受けた処置の方法その他に どうしても納得がいかない場合にも、子供にはそれと悟られずに病院を変えるなり、医師 病院にクレームをつけるなりの方法はあるはずです。 病院側が方針として「同席してもらった方が治療がスムーズである」と判断するならそうするでしょう。 実際、MRIやその他 十数分の間 子供を決して動かしてはならない検査の間、親がずっと子供に添い寝して付添ったことがあります。<どうしても駄目なら、導眠剤を使います。 逆に同席させないならそれなりの意味があるのでしょう。 1回目は同席できなかったけど2回目は放射線保護着を着て同席したX線検査もあります。 親が納得しているなら、子供が痛い思いをして頑張って、治療をしてきたなら「よく頑張ったねぇ。これできっと、早くよくなるよ」と誉めてあげるのが、治療の上で最善のこと。 それが、#7でいう「役割の違い」だと思います。
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- Yumikoit
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こんにちは。お返事遅くなりました。 >それは、あきらめの気持ちからですか? いえ、違いますね。 言葉であらわすならば「役割の違い」ということでしょうか。 例えば立会い出産は素晴らしいと思いますが、我が家は「お父さんはどんなに頑張っても子供を産めないのだから、隣で一緒に分かち合うよりも"廊下でうろうろするお父さんをやりたい"」と言っていました。 実際、私は予定帝王切開だったので立ち会うことはできませんでしたが、もし「帝王切開でも立ち会うことができますよ」と言われても多分夫は困ると思いますし、普通分娩でも上記の理由で恐らく実現はしなかったでしょう。 もし、点滴を刺す現場に 私がいてもよいと病院側が判断するならば、喜んで立ち会いますが、いるとかえって困る、と言われるならばそれもまた理にかなっているだろうと思うわけです。 実際、私自身卵巣膿腫の手術を受け、本日退院してきたところですが 預けるに当たって子供の精神状態が不安定になることを恐れて、入院中は病院に一度も連れてこさせませんでした。子供にしてみたら毎日でも 来たかったかもしれませんが…。
- yuriko30
- ベストアンサー率33% (17/51)
家の娘は、2回点滴しました。1才と3才。 1回は、個人の小児科でした。私としては、付き添わなくても良かったのですが、 人も足りないのか、当然のように子供を、抱っこして体を抑えてと、指示され、 点滴が終わる3-4時間、ずっと抱っこしたままでした。 2回目は、外来で看護婦してたので、わたしが、しました。 そのあとは、4-5時間ずっと、付き添ってました。 総合病院病棟勤務の時、救急外来で.. 姉の子供が、あごを、切って縫った時は、姉は動揺してたので、処置室には、 いれずに、廊下で待っててもらいました。(私の判断) わたしと、妹(妹も看護婦)が、姪を、抑えて無事終了。 親が動揺している場合や、処置が、困難そうな場合や、処置内容で、親が動揺しそうな時、清潔操作が必要な時はなどは、いない方がいいかなと思いますが。 たぶん、付き添いのある・なしどっちのメリットが、大きいかだと思うんです。 子供が、安心する場合もあれば、ママに助けを求めて泣き叫びもっと処置しにくくなることも考えられますよね。 わたしも、1度だけ、5才くらいの幼児に点滴しましたが、母親の威圧感があり、 点滴が刺せたのに、固定が甘く子供が手を動かしてしまい、点滴がもれてしまいました。そのときの、母親の目は今でも忘れられませんが、キッとにらまれました。 このときは、母親が、抱っこして固定していたのですが、やっぱり、看護婦が、 固定したほうが、確実・安全・スムーズに処置できますよね。 そのときの、看護婦・その他の家族への言葉かけ不足、説明不足などで、 家族が、不安な気持ちになるのではないかなとも思います。 母親が、付き添わなくていいということは、人数が足りているということだと 思うので、わたしは、当然のように、介助させられるほうが嫌です。
お礼
お返事本当にありがとうございました。私も、人手不足で母親を介助の人員にするというのはナンセンスだと感じます。しかし、このような病院が少なくないということは、現実として受け止めなくてはならないと思っています。 ですが、それを当然の事として指示してはほしくないと思います。忙しいお仕事だと十分理解しているつもりですが、それでも安心できるような配慮がほしいと思います。救急での受診ではなおさらです。 逆に母親から、子供の側に居たいと申し出た場合、母親が付き添うことでトラブルが起きそうな場合は、yurikoさんが判断したように、母親に待ってもらうことも必要だと思いました。母親が看護者にとってプレッシャ―になることもわかります。母親は子供を守らなくてはならないのですから。短時間で、そのような(母親に付き添ってもらうかどうか)判断をすることはとても難しいことだと思いますが、安心して受けられるような看護を提供してもらいたいと願っております。 看護婦の方の意見を聞くことができとても感謝しております。それも両方の経験をされているので、とても参考になりました。本当にありがとうございました。
大学病院時代、子供の検査や点滴が必要になると担当日でもないのにいつも呼び出されていました(するほうも嫌がる人のほうが圧倒的に多い)。私自身は2・3回失敗してから呼んでくれよといつも思っていましたが、そうするに同情する理由があります。子供に対する穿刺しミスは何よりも親の目が怖いと研修医や同僚は言っておりました(私はヘッチャラです…わざとミスするわけではないですからね)。 そんな私でもいつも親が同席しているというのはちょっとイヤでした。安全な穿刺には子供を押さえつける必要があるのですが(初めての子供以外は記憶していますからたいてい逃げます)、親が傍にいるとなかなか諦めずかなりもがきます。ただでさえ時間がないのでやってられんわいというのと、もがけばもがくだけトラブルが増えます。さらに失敗して点滴漏れがあるとすごい形相でにらまれるので、担当したスタッフだってイヤになります。もちろん日頃の経験でお母さんがいたほうが聞き分けがいい子供もいるので、そんな子供のお母さんには同席していただきますが、キャラクター的に不適当な親御さんや、子供さんの性格を把握していない場合(初めて担当するなど)には一律出てもらうようにしています(ようは効率の問題です)。親が同席したほうが役に立つのであれば、親の心情など関係無しに同席してもらいます。 大切なのは、安全に短時間で(できれば一回のトライで)目的を果たすことです。それが子供さんの負担を減らすことだと思います。
お礼
本当にお返事ありがとうございました。私も、安全にそれも短時間に処置を行うということは、医療従事者・母親に共通の思いだと感じております。 子供によってはなかなか血管が浮かないため、何度もトライする事になったとか、入ったと思ってら子供が動き、もう一度トライすることになったなど聞いたことがあります。お返事の内容からも点滴の大変さがとてもよく伝わりました。 子供が泣き叫んでいる姿を見て動揺し、一時的な感情で、すごい形相になる母親自身の弱さも、見直す必要があるとと感じました。 しかし、この大変さを知らない母親も多いように思います。まだまだ、医療従事者と、患者には壁があるのでしょうか?更に、医療従事者と母親との距離が近づけるよう願っております。今度は、いろいろ本音の部分を語っていただきありがとうございました。普段Drの思いを聞ける機会がありませんから、とても貴重な回答をありがとうございました。
- Yumikoit
- ベストアンサー率38% (849/2209)
生後1年の間に 持続点滴が必要な入院を4回した子供の母親です。 結論から言うと仕方ない、と思います。 持続点滴のための処置や手術のための点滴挿入などで 連れて行かれ、泣きはらした目をして帰ってくる子供の顔を見ると確かに気持ちはゆれます。 だけど、傍にいた場合、何ができるでしょうか。 予防注射の際の保定は勿論、耳鼻科での保定も だいっ嫌いな超音波機械の検査の時の保定も 安心してしっかりダッコして、「ほ~らがんばれ~」と *私は* します。 診察台に座って子供をしっかりとダッコする、自分の子供の保定なら、看護婦よりもうまくやる時だってあります。 # それでもたまに、蹴りを入れられちゃいますけど。 でも 注射の時の痛さと、持続点滴や手術の時のための太い点滴をさす時の痛さは比べ物にならないと思います。 まして 小さい子ですから血管も細いし、1回でうまく刺さるとは限りません。 1時間やっても駄目だったことも何回もあります。 そういうときのプロの看護婦さんの保定と同じことができるかどうか。 役に立たないなら いない方がいいでしょうし、万が一傍にいて貧血でも起こした日にゃかえってスタッフに迷惑をかけてしまいます。 ま、「見ないほうがいい」と「かえって邪魔」の両方でしょうね。 私は早く帰ってくる、つまり一回でうまく点滴が入ることを期待して「頑張ってこいよ~」と毎回笑って送り出すことにしています。で、帰ってきたら「がんばったな~」とい~こい~こしてあげる。 親が不安な気持ちで送り出したら、子供も処置室に入る前に不安になっちゃいますからね。
お礼
お返事を頂いて本当にありがとうございました。 生後1年の間に何度も入院を繰り返され、本当に辛かったのではないかとお察しいたします。 Yumikoitさんは、経験を通して仕方が無いと結論を出されていますが、それは、あきらめの気持ちからですか?それとも、看護者などからの言葉がけや、励ましによって感じたことなのでしょうか? 私は、様々な経験を通して、Yumikoitさんが、強くなられたのではないかと感じました。側に居るだけが、母親の役割ではなく、子供に安心感を与えてあげること、誉めてあげることも大切な役割であることを教えていただきました。本当にありがとうございました。
- mitu0417
- ベストアンサー率40% (2/5)
医療従事者の配慮にしても、母親自身が不安なのは当然だと思います。私も二人の子供とも経験しましたので良くわかります。 あまりにも小さな赤ちゃんの時は母親の動揺、少し大きくなった子供の場合は子供の動揺(甘え)が決め手になると看護婦である実母から聞いたことがあります。 病院側だけの考えではなく、どうしたら一番良いか(スムーズに)を考えてほしいと思います。お母さん頑張って! 私の場合は、いつでもそばにいてあげたいです。
お礼
お返事頂いて本当にありがとうございました。 皆さんのいろいろな回答から、母親自身も成長(強さも必要)しなければいけないんだなということがわかりました。子供が病気になった時の母親の不安は計り知れません。不安がなくなるということは皆無だと思っています。 しかし、治療の中心は、母親ではなく子供であることを理解し、医療者と共通の目的、安全で苦痛を最小限にした治療・処置ができるように、協力し合うということが大切ではないかと感じました。 側に居てあげたいという気持ちもすごく大切だと思います。看護者などにはマネできない大切な役割があると思います。本当にアドバイスありがとうございました。
- batumaru
- ベストアンサー率31% (49/155)
私は息子が早産だった事もあり生まれてすぐから病院にお世話になる事が多く、離された事も付き添っていた事もあります。 その処置等にもよりますが簡単な手当、処置でしたらそばにいたほうが親も安心ですし、子供も当然安心できると思います。 ただ、小さいうちの点滴等は子供の血管も細く、動いてしまったりですんなり出来ない事が多いのでしょう、どうしても体を無理矢理押さえつけなくてはならない場合も当然あります。 痛い治療の時も同様です。 言い聞かせられる場合ばかりではないのでそうしないと子供もいつまでも痛い思いをして結局は出来なかった、何ていう事にもなりかねません。 ですから親としては辛いのですが仕方ないと思っています。 ではその場所に立ち会いたいかといえば正直言って立ち会いたくありません。 子供にとって痛い、絶対に嫌だと思っている処置をする場合、子供の辛い姿を見て胸を痛めると言うのは当然そうなのですが・・・ 息子の場合ですが、助けを求めるような目で私の方を見ながら泣くんです。 私がそばにいる方が子供もなかなか諦めず手間取って余計に泣く・・・ 何とかしてやりたい、変わってやりたいと思っていても当然出来る訳がなく、本当に涙が出ました。 確かに部屋の外で待っているのも不安で泣き声なんて聞こえると早く終わらないかと時間ばかり気になりますが、そんな息子のそばにいて「なんでお母さん助けてくれないの?」とかえって不安にさせてしまう場合もあるのではないかな・・・と思ったりもするのでその時の看護婦さんや先生の判断にお任せする事に抵抗はありません。 外で待つようにいわれれば待ちますし、付いていて良い、と言われれば付いている、それが子供の為だと思えばですから。
お礼
お返事頂いて本当にありがとうございました。 子供の痛みに耐えている姿を見るときほど辛いことはないと思います。batumaruさんのように、助けを求めるような目で訴えられると、母親は無力感にさいなまれます。 今まで自分を守ってくれていた母親が、まるで自分を見捨てたかのように映らないなろうか。母親は様々な思いと葛藤します。その思いを、少しでも汲んでくれないかとつい感じてしまいます。しかし、いろいろ考えると付き添う付き添わないというよりも、子供が安全に治療・処置が行われるように、環境を整えることが大切なのではないかと感じました。本当にありがとうございました。
- mamomamo320119
- ベストアンサー率57% (55/95)
乳幼児の病院内での各種処置の時に処置室から患者さん(乳幼児)のお母さんやお父さんを部屋から一時的に出て頂くのにはそれなりの理由があるからです。 第一にはやはり、書かれておりますようにお子さんの痛がる嫌がる姿を親に見せたくない、と云う事です。 第二に注射、点滴、採血、または器具を使った処置の場合、お子さんは普段では思いもつかない様なもの凄い”力”を出し抵抗します。処置そのものをそのまま実行しようとすると、予想もつかない事故が発生する可能性がありますので、看護職員等による”押さえ”と云う作業が有ります。(乳幼児の患者さんを内容で少々違いますが、バスタオル等で”す巻き”状態にして患者さんが動かない様に上に乗り押さえています。・・・力ずくではありませんから安心して下さいね、押さえるにもかなりの”こつ”があります。)その様な状態のお子さんをお母さんやお父さんにはお見せする事は、医療従事者として耐え難い物がありますし、お父さんお母さんにとっても”見たくない”姿だと思います。 また、近くにお母さんやお父さんがいらっしゃいますと、いない状態の時よりも激しく親元へ行きたがる為に各種処置が更に危険になってしまいますので、現状ではこのように”一時的に”部屋から出て頂いている状態です。 例えば、怪我や病気でお子さんが手術を行うとしましょうか、その手術の現場をお父さんやお母さんは見る事が出来ますか?見てみたい・・・と思われる方もいるとは思いますが、みなさん私達を信用して頂き、手術をさせて頂いておりますよね。それと同じですよ。処置の内容が注射であっても、手術であっても同じと私達は考えております。近くで鳴き声が聞こえて申し訳有りませんが、その点をご理解とご協力をお願い致します。 外科医からでした。
お礼
専門家の方からアドバイス、しかも現状を細かく教えて頂き本当にありがとうございました。同じ子供の状況を見るにしても、当たり前ですが母親としての感じ方と、医療者の行為の目的は異なっているのだと感じました。どうしても、一時的な感情で左右される面があり、子供の状況を通して母親のほうが感情的になってしまいます。 この度のアドバイスにより、処置室から出て行く理由は理解できたましたが、それが当然のように何のフォローもないというのは、悲しい気がします。安心してお任せできるような言葉がいただければ違うのではないかと感じております。母親自身も成長し、また医療者・母親共通の目的である、子供を安全に苦痛を最小に治療・処置を行える環境を整えて生きたいと考えております。本当にありがとうございました。
お礼
何度も丁寧なお返事を、本当にありがとうございました。 大変御礼が遅くなってしまいましたことをお詫びいたします。 今回の質問の状況に限らず、結局は医療従事者側と、患者側(家族を含めて)の信頼関係が成り立っていなければ、よりよい医療に繋がらないということなのかなと感じています。 子供の命を救う医師達と、子供を助けてもらいたい親の目的は同じなのですから、そこでYumikoitさんのおしゃっているように役割の違いを理解し合い、両者がいかに分かり合えるかだと思います。 親も親で、不安な気持ちのまま、冷静さを失ってしまいがちな自分を、コントロールできるように普段からいろいろなことを学ばなければならないのかもしれないし、医療者側も、家族に対するケアを、いつもの事だからとか、邪魔になるということだけで片付けるのではなく、親の複雑な思いを重要視してほしいと感じます。 医療対象は、子供であっても、子供の命が助かればそれで済むという時代では無いように思います。 両者がお互いを理解し合い、歩み寄っていかなければこのような問題は解決しないのかなと思いました。難しい問題ですけどね、いろいろなケースによって違いもあるだろうし・・・。