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原子爆弾投下
たとえばアメリカの人に 「広島・長崎に原子爆弾を投下した場合としなかった場合では、原爆による犠牲者を計算に入れても、投下したほうが、日本人を含め犠牲者は少なくて済んだ。なぜなら、戦争末期狂気に駆られた日本国民は、本土においても沖縄戦の悲劇を繰り返したに違いないからである。よって原爆の使用は正当な行為であった。」 と言われたら、どう反論しますか?もしくはまったく反論しませんか? ご存知かもしれませんが、 広島原爆 二十数万人 長崎原爆 十数万人 沖縄戦 十数万人(住民) 程度の犠牲者が出たと推測されています。なお沖縄戦に参加した日本兵は9割近く(9万人程度)が死亡したと言われています。これらの数字には諸説ありますが、ここでは問題ではありません。相当の犠牲者があったという事実だけで十分です。
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- thisaway
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だからといって、広島や長崎のような都市部の中心に原爆を落とす必要性は全くありません。 日本の降伏を早めさす為に原爆を使用するのであれば、 ・ポツダム宣言に原爆の使用を明確に宣言し、事前警告を行なう。 ・この事前警告にもかかわらずポツダム宣言が黙殺された場合、非戦闘員は少ないが原爆の威力を日本が確認できるような場所、近海の島などを目標とし爆撃をおこなう。 などの方策がとれたはずです。 これらの方策があったのにも関わらず、事前警告は一切なし、軍事施設である呉軍港から離れた都市中心部を狙い、さらには、より大量の市民を殺戮するための「反転爆撃」を行なうなどに至っては、どんなに正当化しようとも、人道上の罪を免れることは出来ません。 と反論します。
- 春原 なの(@ymda)
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>原爆を落とすまで日本を降伏させなかっただけですよ。 原爆を落とさなくても、落としてなくても、時期は少し異なるだけで 日本は降伏していたでしょう。 当時の指揮官は、既に混乱しており、体当たり作戦とか(神風特攻隊) 戦艦大和の運用方法の間違い等、末期によくある状態に陥ってたに違いありません。 沖縄戦でさえそうですね。混乱してた為に、日本が降伏したはずなのに、 まだ沖縄では戦争が行われていました。 米軍でさえ情報が入るのが遅くなっていたため、降伏後も数日ばかりは 戦争をしてたことになるわけです。 正式に沖縄で戦争が終結したのは、9月のことです。 p.s.ご存じない方へ・・ 神風特攻隊とは、飛行機自体を爆弾として、敵の戦艦にあてるものです。 もちろん、操縦する人がいて、お国のために自爆しにいっていたわけです。
- gokuh_
- ベストアンサー率39% (89/226)
「戦争末期狂気に駆られた日本国民は、本土においても沖縄戦の悲劇を繰り返したに違いないからである。」 という文言自体が架空仮想のものであるが故、どう反論したところで「・・・でも、もっと犠牲者がでたはず」「きっと犠牲者は増えたと思う」と架空仮想の再反論が生じ結論など出てこないのではないでしょうか? 質問の大前提は「米軍が原爆を投下する事無く本州や九州に上陸すれば30万人以上の死者が出た」という前提にたってます。 それが証明されなければ答えが出てきません。 本当に本土決戦は行われたのか? 既に広島原爆前に既に日本では降伏や和睦も含めた戦争終結も模索していた様です。 本州や九州に米兵が上陸した時点で終結された可能性も「ゼロ」ではないでしょう。 遠い空からの伝聞ではなくすぐ目前で国民が死んでいくのを見た時、一億総自決等と発する事ができる政府首脳・軍部上層部・皇室はどれだけいたのか? 沖縄で亡くなった将兵も沖縄は本州や九州に米兵を上陸させない為の最後の決戦場と思えばこそ狂気如く抵抗したのだと思います。 既に本州や九州に入ってしまった際、どの様な思いとなるか(また抵抗しようにも本土にどれだけの兵力火力が残されていたのかという事も含め)・・・ 我が家に侵入しようとする暴漢がいれば必死に戦うと思いますが、既に家に入ってしまい両親や子供に銃を突きつけた暴漢には戦意を消失してしまうのでは?人間の心情には、そういう変化が起きることは米兵とて理解できるのではないでしょうか。 結局、日本は原爆を2個以上落とさなければ降伏しなかった・・・という解釈だけになりたつものです。 「8月中に日本は降伏したはずなのに原爆落とす必要があったのか」と進言すれば「本当に8月中に日本は降伏したと証明できるか?」と反論されると思います。 これは「本土においても沖縄戦の悲劇を繰り返したに違いないからである」に対し「本当に縄戦の悲劇を繰り返したのかと証明できるか?」と同じレベルの論理です。 話がやや逸れましたが > どう反論しますか?もしくはまったく反論しませんか? 「正当な行為であった。」とする定義が成り立たないものである以上、反論はいたしません。 反論ではなく理論の組み立て方を諭してあげます。
お礼
回答ありがとうございます。 「原爆を落とさなければ~」というのは、確かに証明できる性質のものではありませんね。実際に議論するなら、gokuh_さんの言うように前提が成り立たない以上議論として無意味であるというのは、かなり効果的な反論になる気がします。 しかし問題なのは、原爆の使用に関わる判断の正否ではなく、日本は原爆に対して一方的に被害者なのか、という点にある気がします。
- mmky
- ベストアンサー率28% (681/2420)
当時の軍人および一般人で原爆というものの本質を知っていた人はほとんどいなかったでしょうね。アメリカの大統領でも大き目の爆弾ぐらいの知識しかなかったと思います。ごく一部の科学者が使用はやめるべきと大統領に意見したことは事実のようですがほとんど理解できていなかったようです。ちなみに何年か前に茨城の核処理施設で臨界事故がありましたがニュースキャスターですら臨海の意味を理解していなかったですね。実際に中性子爆弾状態になっているのに自宅待機ということを県などが指導してましたね。本当は出来るだけ遠くに逃げないといけないのにです。今日でもこの程度の理解力しかないことを考えれば、当時の人たちが、爆弾を落としただけだといっても責められないですね。責めるべきはこのような爆弾を作った科学者なんですね。原爆計画の指導者オッペンハイマー博士は広島、長崎の現状を聞き、一生罪を背負って死んでいきました。最近では、パキスターンのカーン博士が核をばら撒いています。このような科学者がいる限り同じことが繰り返される恐れがありますね。政治家や軍人、一般人はそんなに頭が良いわけではありません、頭が良いといわれる科学者がノーベル賞をもらうために悪魔の理論を出すのが問題なんですね。このことは今後も肝に銘ずるべきですね。人類のためにならない科学技術は、葬り去るぐらいの心がけが必要ですね。
お礼
回答ありがとうございます。 >政治家や軍人、一般人はそんなに頭が良いわけではありません。 こういう言い方はどうかと思いますが、確かに科学者が暴走したときに止められなかったことは多々あるかもしれません。原子力は人類のためにならない技術なのか、ちょっと考えただけでも哲学的な深さを持ってる気さえします・・・
- souziki
- ベストアンサー率24% (116/482)
反論、ですかー。 学のへったくれもないものですけれどちょっと考えてみました。 確かに、戦争末期の狂気にかられたというのは言いのですけれど、どの道終戦は時間の問題だった気がするのですよ。既に世界対日本状態ですから、原爆ナシでも勝てた気もしますしね。 犠牲者の数云々で考えなくても。余計火に油が注ぎますな。 第一、実際には本土上陸というコトが行なわれなかったのに、どうやって犠牲者の数を割り出すことが出来たのでしょう。 どれもこれも頼りないただの推測に過ぎないと思うのですよ。憶測と事実を比べちゃいけませんな。 こんなもの? どっちにせよ、原爆を使ったことに関して、別に思い入れがあるわけじゃないのです。 原爆の威力を世界に知らしめるいい機会でもありましたし。それはそれでこれはこれで。
お礼
回答ありがとうございます。 憶測と事実を比べるべきで無い、というのはもっともですね。ただそう言っても水掛け論になるだけかも知れません・・・
- reny
- ベストアンサー率32% (81/252)
対日本戦での原子爆弾の使用は正当な行為であった。 対ベトナム戦での枯葉剤の使用は正当な行為であった。 対イラク戦での劣化ウラン弾の使用は正当な行為であった。 全て、味方の兵士の損傷を最小限にするという理由からの行為です。 アメリカ人にとっては合理的・人道的な選択です。 しかも、その時、その後に相手の国民がどのような損傷を受け、遺伝子まで汚されたかなんて、99%の人が知りません。 そのような相手に口頭で反論しても理解できないでしょう。 データと写真を用意して、イラクでアメリカ人兵士が被爆して健康を害している実態に結びつけて説明するのが良いと思いますよ。
お礼
回答ありがとうございます。 >~99%の人が知りません。 ここまで言い切るのもどうかと思いますが、確かに言葉より実際の写真などを見せるというのは効果的な方法でしょうね。もちろん刺激的過ぎると逆に意固地になるでしょうが。
- No51
- ベストアンサー率18% (25/136)
「おっしゃる通りアメリカが正しいんです。 ナチスもユダヤ人をもっと殺せば良かったんですよ。 半端無く、徹底的にね。 そうすればイスラエル問題も無く、 中東での紛争も無かったでしょう。 あ、911の事件もありませんでしたね。」 と言いますね。
お礼
回答ありがとうございます。 ただ、私はこの問題で皮肉は嫌いですし、わざわざ喧嘩したくはありませんから、こういう意味のないことは言いません。
- ipa222
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地上戦をしたくなかったアメリカは、日本人の死者のことを気遣っていたわけではありません。 米軍の死者を減らしたかっただけです。 終戦は、原爆投下までアメリカに許可されなかっただけであって、原爆を落としたから日本が諦めて降伏したわけではありません。 原爆を落とすまで日本を降伏させなかっただけですよ。 沖縄戦の非戦闘員の被害は、沖縄防衛軍が、陣地を首里から島の南部に移す時に多く発生しました。 日本の本土戦があったとしても、非戦闘員の被害がどの程度であったかは、沖縄戦では比較の参考にもならないでしょう。 本土は逃げる場所がたくさんありますから。
お礼
回答ありがとうございます。 >日本人の死者のことを気遣っていたわけではありません。米軍の死者を減らしたかっただけです。 >原爆を落とすまで日本を降伏させなかっただけですよ。 このあたりの正否は私には判定しかねるところですが、問題の所在は現在にあるように思いますから、単にアメリカを非難することにはそれほど意味がないような気がします。
- shrine000
- ベストアンサー率22% (11/49)
shrine000です。 質問者さんは人数を並べてこんなに亡くなったと書いていますが、一人も三十万人も命の重みは一緒だと思いますよ。 >このような現代の問題に向き合う基礎として、広島・長崎の原爆の問題を共有する必要はないでしょうか? 自分はある国に居た時、「はだしのゲン」の英語訳があったので白人に見せました、アメリカ人は居ませんでしたが、皆真剣に受け止めていましたよ。涙を流す人も居れば、飯を食えなくなる人。 写真も探せば見せられましたが、余りにもディープで辞めました。 原爆だけについて論じるのであれば、アメリカへ向けてそのようなサイトを立ち上げてみてはどうですか? 人間の倫理はとても深いものだと思いますが・・・
お礼
回答ありがとうございます。 >一人も三十万人も命の重みは一緒だと思いますよ。 たしかに正論ですが、正論過ぎて、何か浮ついた感じを受けませんか?倫理の問題は、「言うは易く行なうは難し」で、現実の問題に生かすのがいかに難しいかですね。
- sarena1122
- ベストアンサー率36% (85/232)
『それは違います。 当時の白人が有色人種の死亡者数を心配するとは思えません。 心配していたのは本土決戦で犠牲になる白人の数だったのでは? また、あなた方は戦後外交を見越してソビエトに対して 自分達の優位を誇示する必要がありました。 そのため原爆を所有している事実を見せ付ける為に 戦場で使用しておく「必然」があり使用しただけです。 しかも2度も。 100歩譲って新しい兵器を使用したかった「好奇心」と これだけの被害が出るとは予想できなかった「無知」 は認めますがつまらない良い訳で逃げずに自分達が行った 「行為」とそれに伴う「被害」に向き合ってください。』 と言います。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、アメリカが原爆を使った背景に、「実験」「外交戦略」があったことは事実であろうと思われます。ただ私たちがその点を強調しても、結局「そもそも戦争を仕掛けてきたのはどっちなのか」ということになると思います。
お礼
コメントありがとうございます。