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明治時代について。
明治時代の領土問題と専制政治について教えてください。 すみません質問多くて・・・。どちらか1つでもいいです。
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日本の?外国の?特定出来ないと答えようが無いよ。 日本なら、領土問題は (1) ロシアとの千島樺太問題。不平等条約時代に千島列島全島を日本領とする代わりに樺太をロシア領とした。 本来なら、間宮林蔵の建てた「大日本樺太」の碑もあり、日本の領有権は確かだったが、ロシアの恫喝に屈した。 あとは、沖縄が清と献朝貿易していたので、ごたごたした位かな。 現在、韓国が主張している竹島領有は全くの嘘。 当時、李氏朝鮮は鎖国政策を取り、朝鮮半島及びごく近くの島々を支配していたに過ぎない。対馬よりも日本寄りの竹島なんて、支配できるはずが無い。 後、日本では、専制政治は無かったよ。
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- kumagorou-raamen
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領土問題については明治初期は日本という国体すら危うく 列強による植民地支配の影もちらつきました。 幕末から初期にかけての神戸事件や堺事件・函館戦争においての 「武士の勇猛果敢さ」が無ければ、 日本は確実に中国のように分割占領される危険を孕んでいました。 次に明治前期には宮古島島民遭難事件が台湾で発生し領土問題となり 日本は台湾に軍を派遣し戦いを繰り広げます。 これは遭難した宮古島島民が台湾の部族に「食べられる」という凄まじい事件であり、 当時清国は「台湾は我が領土に有らず」と事件の責任を放棄しておきながら 日本の出兵には抗議し日清戦争の遠因を作ります。 また、琉球王国が日本に併呑される事を清国が激しく抗議します。 また、下の方が既にお書きなのでロシアとの領土問題は割愛しますが、 ロシアの満州・朝鮮半島南下が決定的になると日本は最低防衛圏確保の観点から 主戦論に転じロシアと交戦します。 中期にはハワイ王国がアメリカによって植民占領されると 日本はアメリカと国境を接するようになり 大平洋を巡る覇権対立が決定的になりました。 専制政治についてですが、 日本の場合、 システムとして存在しましたが 絶対王権は確立せず、 のちにその事が「統帥権干犯」として一部の主戦論者に利用されるようになります。 もともと諸藩連合に過ぎなかった明治政府を束ねる為に 神道の祭祀長であった天皇家をヨーロッパ型の王権システムに固定しようとして 国家神道という不自然なシステムに天皇家をあてはめ それが日本近代における急ごしらえの国家システムに歪みを生じさせました。 御指摘の専制政治という言葉はマルクス主義者により 日本の国家権力攻撃の用語として使われましたが、 実際には欧米のような王権専制は行われなかったというのが事実です。
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ありがとうございました。 学校のノートまとめに役立ちます。
- seibai
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低所得層や女性の人権を悉く制限した悪名高い明治憲法は、帝政ロシアの憲法を手本としたもので、人権も天皇からありがたくも市民にお与えくださっているという定義であり、かつ天皇は陸海軍の全権も与えられておりましたが、しかし、親幕派であった上明治天皇の父親の孝明天皇は事実上、薩長の明治政府の閣僚等に暗殺させたのであり、よって、自分の父親を殺した閣僚に取り囲まれて天皇に祭り上げられた明治天皇の胸中もいつ自分も父親同様暗殺されるかわからず、戦々恐々としておった状態で、事実上薩長の閣僚を抑えて専制を行う程の力は無かったですよ。
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ありがとうございました。 学校のノートまとめに役立ちます。
お礼
一応どっちものつもりでした。分かりにくかったですよね。すみません。 ありがとうございました。 学校のノートまとめに役立ちます。