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一般相対性理論と特殊相対性理論。一般?特殊?
相対性理論は未だに理解できないのですが、物理法則は宇宙内どこでも同一なはずなので、一般と特殊に分けなければならない理論は物理法則としては弱点があるような…。コペルニクスの天動説でも、大まかには観測データとほぼ合致していたのですよね。 マクロの世界でもミクロの世界でも、働いている物理法則は同一なはずですよね。マクロの宇宙スケールでは重力のみで星の動きを考えて、ミクロの原子スケールでは重力は無視して核子の動きを考える、これも落とし穴になるような…。 小学生レベルの素朴な疑問ですみません。
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以下のとおりお答えします。 アインシュタインは、子供の頃磁気コンパスの針がいつも北を指すのを見て「自然の背後にある見えない秩序」を感じ、少年期にユークリッド幾何学を学んで「自然は単純な式で表わせる」ことを予感し、また、確信したといいます。彼はスイスに学んだ高校時代から約十年かかって、「特殊相対性理論」(以下「特殊」)を構築しました。ガリレイやニュートンに発して当時あたかも絶対的真理のように見られていた「相対性の原理」(以下「原理」)に、マックスウェルの電磁気学をすり合わせてその整合性を考察すると方法で研究したのでした。その結果、従来の「原理」は、電磁波の一種である光の性質を含まないという結論に達し、これを含む理論の構築に取りかかり、完成させました。すなわち、「特殊」は従来の「原理」と光のそれとを統合した、より包括的な原理を示したものでした。 ところが、その「特殊」にも欠落がありました。つまり、ニュートン力学のうちの重力が含まれていないのです。そこで彼はさらに十年を費やして、これを含む「一般相対性理論」(以下「一般」)を展開しました。自由落下する物体 ― 例えばロープを切ったエレベーターの中 ― は地球の引力から逃れるという無重力状態との「等価原理」を利用して、いろいろな場面を想定した思考実験を繰り返しながら結論を導いたのです。すなわち、「一般」は、「特殊」と重力とを統合した、さらにより包括的な原理を示したものでした。 彼はその後さらに、あらゆる電磁気力や核力をも含めた「統一場理論」の構築にとりかかいましたが、これは十分な成果が出なかったようです(今でこそ「電弱理論」として成っている)。当時を時めいていた新進の量子力学者たちと対立し、その立場を容認しなかったからであると言われています。電磁場や素粒子の振舞いについては、彼の得意な思考実験がしにくいということも関係あったかも知れません。ただし彼は光については業績が多く、「特殊」のほか、著書『光の発生と変換』やベストセラー『物理学はいかにしてつくられたか』(インフェルトと共著)などで光の研究を深め、これによってノーベル賞を受けたことが知られています。 それにしてもアインシュタインの理論はむずかしいですね。こんなエピソードを聞きました。《1931年、アインシュタインがチャップリンに会ったとき、アインシュタインはこう言ったそうです。「あなたは一言もしゃべらないのに、世界はあなたを理解している」と。チャップリンは答えました。「ええ確かに。しかし、あなたの名声はもっと偉大です。誰もあなたを理解できないのに、世界はあなたを賞賛しています」。》
お礼
マクスウェルの方程式が理解できたのであれば、アインシュタインは物理も数学も両方得意だったのですね。思考実験の天才ですね。ありがとうございます。