坂本龍馬を切った犯人について
幕末が好きでいろんな本を読んできましたが、幕末最大の謎でもある坂本龍馬暗殺の真犯人について下記のように考えています。
少し長いですが、是非読んで頂き、私の考察についての意見が欲しいです。
龍馬暗殺の黒幕節には薩摩藩説、紀州藩説、後藤象二郎説、新選組説、見廻り組説などいろいろありますが、現在ではほぼ見廻り組説で落ち着いているようです。私もそう思うのですが、では実行犯は誰であったかというと、やはり今井信郎だと思うのです。以下は本人の証言です。
(明治3年の刑部省の取り調べでの供述)
「襲撃したのは自分たち見廻り組の7人で、4人が実行犯。3人は1階で見張り番をしていた。自分は出入り口付近で見張りをしており、実行にはかかわっていない」
(明治40年の大阪時事新報でのインタビュー)
「襲撃したのは見廻り組の7人で、4人が実行犯、3人は見張りをしていたが、実は自分が実行犯で龍馬を切ったのは自分自身だ」
このように全く正反対のことを証言しているのですが、自分には明治3年の供述の方が信憑性があると思うのです。それも嘘をついたという信憑性です。明治3年と言えば龍馬暗殺から3年しか経っておらず、自分が真犯人だとして逮捕されればどんな刑が待っているか分かりません。最悪死刑になるかもしれず、責任逃れに「自分は1階にいたから知らない」とシラを切ったと思うのです。実際現場にいた7人のうち今井以外の6人は戊辰戦争などで亡くなっており、今井がそう言えば確認する術はありません。むしろ明治40年という事件から40年も経って老境になった時点で、今井が死を前にして本当のことを言ったのではないかと思います。一説には真犯人は別にいて、この40年の間に龍馬が有名人になったから今井が売名的に自分を真犯人に仕立てたとの見解もありますが、自分にはそうは思えません。年老いた老人が今さら売名行為を行うでしょうか。やはり死を間近にして、本当のことを言っておきたい心境があったように思います。それも明治3年の時の供述は刑部省という国家機関に対しての発言で、自分の供述次第で大きく刑罰にかかわってきます。本当のこと(自分が犯人)とは言えなかったと思います。一方明治40年の供述は地方新聞のインタビューに答えたもので、すでに現場にいた人間としての恩赦ももらっており、何を言っても罪に問われることはありません。そこで本当のことを新聞記者に答えたのではないかと思います。
上記のように思えるので、私としては龍馬暗殺の真犯人は今井信郎だと思うのです。
実際、今井は現場にいた7人の名前をフルネームで明治3年の供述の時に言ってますが、まだ存命だった他の当事者に質問してもまったく同じ7人の名前が挙がっています。この7人で襲撃したのは間違いないし、その中でも実際に龍馬を切ったのは今井信郎だろうと思います。
みなさんはこの考察をどう思われるでしょうか。ご意見を賜りたいと思います。
お礼
真犯人が明らかにならないのは残念ですね、ありがとうございます。