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「で」は前後が分離し、「な」「の」は前後が接続?

再開発をしている駅前の八百屋の鉄道好き「で」禁煙努力中「で」独身「で」店主をしている謎「でいる」人物 再開発をしている駅前の八百屋の鉄道好き「な」禁煙努力中「な」独身「な」店主をしている謎「な」人物 再開発をしている駅前の八百屋の鉄道好き「の」禁煙努力中「の」独身「の」店主をしている謎「の」人物 どの文を使えばいいですか? 喋った場合と、肩書として使う場合で使い分けますか? 肩書には、「で」は使わず「な」か「の」ですか? 先生に聞くと「で」を使うと前後が分離するそうです。だから、「な」か「の」を使うそうですが、その説明は正しいですか? 八百屋の鉄道好き「で」禁煙努力中「で」独身 八百屋の鉄道好き「な」禁煙努力中「な」独身 八百屋の鉄道好き「の」禁煙努力中「の」独身 だと、 八百屋の鉄道好き「で、」禁煙努力中「で、」独身 八百屋の鉄道好き「な」禁煙努力中「な」独身 八百屋の鉄道好き「の」禁煙努力中「の」独身 になるそうですが、その説明は正しいですか? 「な」と「の」は前後が接続されるが、「で」は前後が離れその間に「、」が付くそうです。 先生が言うには、「で」は喋った場合に使い、肩書には「な」か「の」だそうです。肩書には前後が分離する「で」は使わないそうですが、その説明は正しいですか?

みんなの回答

  • D-Gabacho
  • ベストアンサー率64% (1057/1649)
回答No.2

「禁煙努力中」「独身」「謎」は名詞ですから、「な」をつけて形容動詞のように使うのは日本語として正しくありません。 名詞+「でいる」は、「友達でいる」「社員でいる」など、使う単語によっては問題ありませんが、「謎でいる」は日本語としておかしいです。 再開発をしている駅前の八百屋の鉄道好き「で」or「の」禁煙努力中「で」or「の」独身「で」or「の」店主をしている謎「の」人物 なら日本語として間違いではないといえます。「で」と「の」は混在しても問題ありません。むしろ、混在させたほうがわかりやすくなると思います。 「で」を使うと前後が分離される、という先生の説明は正しいと思います。「で」と「の」が混在したほうがわかりやすいのも、「で」が区切りとして機能するからです。「の」が連続するよりは「で」が連続したほうがわかりやすいです。 例文のような肩書きはあり得ませんし、「で」も「の」も肩書きとしては使いません。例文のような人の肩書きは「青果店店主」です。ただ、「で」のほうがしゃべりことばによく使われるというのは正しいと思います。

  • kine-ore
  • ベストアンサー率54% (808/1481)
回答No.1

これは<連体結合(ジャンクション;凝縮)>の問題です。 単純に連体結合させるなら全て連体助詞「の」を用います。 再開発をしている駅前の、鉄道好き「の」、禁煙努力中「の」、独身「の」、八百屋の店主をしている、(そんな)謎「の」人物 これはそれぞれの連体修飾語が同位・同格で<並置>された表現です。 このような連体助詞だけで凝縮させた連体結合表現は体言の羅列で味気がなく、最終的には分離語の羅列(<列挙>)に至ります。 再開発をしている駅前の・鉄道好き・禁煙努力中・独身・八百屋の店主である・謎の人物 これに対し、連用修飾語で<並立>させて<連用結合(ネクサス;展開>で語り調で繋げながら、最後に連体修飾語を以て体言に凝縮させる言い方があります。 1)再開発をしている駅前の、鉄道好き「で」、禁煙努力中「で」、独身「で」、八百屋の店主をしている、(そんな)謎「の」人物 2)再開発をしている駅前の、鉄道好き「であり」、禁煙努力中「であり」、独身「であり」、八百屋の店主をしている、(そんな)謎「である」人物 これは途中に語りが入ることで言い易く(読み易く)なっています。 先生のご指摘は、単純な<列挙>や<並置>の連体結合と、連用形を連用結合の<並立>で連接させながら、最後に連体結合で凝縮させる表現形式の違いを示していると思われます。 単純な<列挙>や<並置>の連体結合なら体言の羅列で済みますが、「で(て)」といった連用接続は語りが入るので読点(「、」)を付けた方が語りやすい面があるという事情があります。 ところで「な」は形容動詞型なので、この例では形容動詞ではない文節が混じるとやや無理が生じます。 再開発をしている駅前の、八百屋の、鉄道好き「な」、禁煙努力中「にして」独身「の」店主である謎「の」人物

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