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GHQ農地革とロシア革命「土地に関する布告」の類似
米軍GHQによる日本の農地改革は、ロシア革命での「土地に関する布告」に倣ったものですか?
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- SI299792
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全然違います。 日本の農地改革は、土地を農民に与えました(地主から奪いましたが)。これは日本の共産主義化を防ぐ効果がありました。(搾取がなくなったので、共産主義は必要ない。共産主義になれば、せっかくもらった土地が取り上げられる) 一方ロシア革命は、逆に土地を取り上げました。これにより農民(に限らないのですが)は国に搾取され、貧困に苦しめられました。社会主義・共産主義とは、国が資本家にとって代わろうという考えです。搾取するのが資本家から国に代わるだけです。
- gunsin
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>律令制の頃は終身だったと思いますが 作物の不作が続くと、年貢が払えなくなり、農民は逃げ出します。 江戸時代に各藩が関所を設けたのは、農民の監視のためです。 逃げて来た農民を捕まえたら、元の藩に送り返すシステムが 出来ていました。 年貢を払えなくなれば、借金して納めます、不作が続いたら 娘を売って凌ぎますが最後は借金のかたに土地を取られ、 小作人と言う名の農民奴隷になります。 GHQから貰った土地も、農協と言う金貸しに土地を奪われていて、 今や農業協同組合は大地主に成りつつあります。 共産国は土地も企業も国有ですから、奪われたり倒産の憂き目に 遭わなくて宜しいですが、共産国では、軒並み経済発展してません。 中国も自由経済を唱えて、毛沢東に逆らったので鄧小平は死の淵 まで行きましたが、毛沢東の死後に、復活して今の経済発展が有り ます。 資本主義(自由主義)と共産主義のしのぎあいは、勝負有と思い ますが・・・
お礼
再回答をありがとうございます。 農民の逃散は平安時代からすぐに起きており、江戸時代の関所を持ち出すまでもないでしょう。 社会主義連邦をつくったレーニンでも、農民からの食糧収奪と化学兵器を使った自国民大虐殺を行っていますから、「土地に関する布告」だけを見て、高く評価するつもりはありません。(ここでは他国への影響関係だけを話題にしています) ただ、マルクスの唱えた共産主義は、後進国であったロシア・中国で暴力的に断行されたことで、ずいぶんと趣旨の違うものになってしまったと思います。議会制民主主義を否定してしまったのですからね。 最後はソ連の破綻と解体(これは現在も進行中!)でその破綻が明確となりましたが、よくみると時間労働制や資本家の社会的責任論(保険料の半分は企業が負担など)、官僚統制や計画的開発など、資本主義社会のいろいろな所に影響を与えているのも事実です。米国のニューディル政策も国家による開発と雇用創出、景気浮揚であって、きわめて社会主義・共産主義的です。 白黒二元論では割り切れないのが人間の歴史のようです。
- gunsin
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共産国では、土地は国有で個人の所有は認められていません。 ソ連の仕組みは解りませんが、中華人民共和国では25年間の 借地権として、農民が農地を使用してます。 GHQの農地改革は大地主の所有地を小作農に所有権を与えて 分配したのです。 二・二・六事件のクーデターを起こした、青年将校達の決起文章 の中の要求項目に農地解放として記載されてます。 青年将校達に代り、マッカーサー元帥が行ってくれました。
お礼
中国は25年の借地農地ですか。律令制の頃は終身だったと思いますが、リアルに世知辛くなりましたね。 2,26事件の青年将校の要求にも淵源がありそうですね。しかし、世界史的にはレーニンの革命が一番インパクトがあり、米国はソ連に倣った可能性があると思ったのです。 8時間労働制もそうですが、相対立する資本主義と共産社会主義とは時々影響し合っていそうなのが面白い。
お礼
GHQによる日本の農地改革は、地主から土地を奪い、小作農民に与えた。 ロシア革命も、大地主から土地を取り上げ、大部分の農奴に与えた。 全然違うということはないのではないでしょうか?