• 締切済み

世の中にはなんで悪い奴も存在するのか?

世の中、良い人ばかりじゃないのは何故なんですか? 僕は30年生きてきてあんまり良い人間に出会った事がありません。 確かにそれは運だしもしくは悪運かもしれません。 これから社会でもしくは交流場でどんな天使な人と出会いまたはどんな悪魔な人に出会い騙されるかなんてのは神のみぞ知るのでしょうか?

みんなの回答

  • www112233
  • ベストアンサー率26% (5/19)
回答No.13

生存競争だからではないでしょうか。 私達の生涯は【生存競争】という白真剣な、只のゲームです。 その理由は、私達の時間が、どんなに長くても100年、正味70~80年まで(個人差があります)だからです。 どの道を通っても、また、比較的運が良くても、時間が来れば【ゲームオーバー】となります。 只、ひとつだけ、特に警戒して頂きたい事があります。 それは、極めて巨大な悪魔崇拝カルトが、馬鹿全員の口を最大限「凶器」に使って、馬鹿全員で遣る遣り方での、極めて大々的な遣り方での悪魔崇拝儀式の的(生贄役)に掛けられる事です。 これは【馬鹿全員で、特定個人を24時間絶え間無く極端に不快にする】事だけを当面の目的にして遣り続けられます。 一旦、この遣り方での悪魔崇拝儀式の的に掛けられると、特定個人は二度と「人間」としては生きれ無くなります。それどころか、住居内であれ、住居外であれ、こっからそこまで移行出来無くされます。それも、毎日毎回一回一回です。 私は、この極めて組織的集団連携作業的な遣り方での、人を極端に不快にするステルス凶行だけを駆使する遣り方での、極めて大々的な遣り方での集団暴行の的に掛けられて、初めて、こいつら日本人種に成り済ましている馬鹿(生物学的な朝鮮人種=生物学的な原人種)の口が、途轍も無い程の「ステルス凶器」である事を思い知りました。 いや、ほんとうに知ら無かったんですよ。例えば・・・・・・・・・・・ 的に掛けている特定個人が馬鹿の「マチ針吐きつけ凶行」の射程距離内にやって来た時に、例えば、馬鹿が誰かと立ち話をしている芝居をしていたとしても、馬鹿は特定個人の耳の穴を【凝視】して、1秒チャンスがあれば、0.5秒で【途轍も無い瞬間高圧を掛けたマチ針状の衝撃波】を極一瞬だけ吐きつけて、正確無比に特定個人の「鼓膜」に突き刺して来ます。 この時、馬鹿は、ノーアクションで、顔の表情は一切変えずに、口も極僅かに開けるだけで一瞬で済ませて、直ぐに「芝居」に戻りますから、周囲の誰にも感ずかれません。これが、現実の【必殺】です。 こいつら馬鹿も、極めて組織的集団連携作業的な遣り方での集団暴行の、つまり、馬鹿全員で遣る遣り方での悪魔崇拝儀式の的に掛けられている特定個人で無い限り、いくら馬鹿とはいえ、こんなに毎日毎回一回一回、口を最大限「凶器」に使って来ませんよ。いくら馬鹿とはいえ。 特定個人が住居内にいる間中、更に、住居外にいる間中も、特定個人だけを狙って馬鹿全員で極めて緻密な連携作業をしながら、特定個人の動向のポイントを的確に突いて、馬鹿の口を的確に【合わせ吐き凶行】に使って来る。毎日毎回一回一回。 つまり、馬鹿が特定個人の立場に立って計算して「私がこいつだったら、こんな状況下で、こんなタイミングを突かれて、馬鹿にこんな【合わせ吐き凶行】をされたら、特別不快になる」という遣り方だけでして来るのです。 しかも、陣頭指揮を執っている馬鹿は、馬鹿全員に【合わせ吐き凶行】については「あのばか」と「マチ針」以外は、一切吐きつけ無い様に指示を徹底している。 これ【組織暴力】ですよ。 生物学的な日本人種の皆様。 つまり、特定個人をわざと泳がせながら、馬鹿全員で、人を極端に不快にするステルス凶行をポイントを突いて的確に加えて、特定個人を24時間只管極端に不快にする事だけを当面の目的にして遣っている、極めて組織的集団連携作業的な遣り方での集団暴行です。 客観的に観れば、馬鹿全員で遣る遣り方での悪魔崇拝儀式です。 世間では、この遣り方の集団暴行を「集団ストーカー」と呼んでいます。     

  • Thales23
  • ベストアンサー率20% (1/5)
回答No.12

正直申しましてわかりません。何故、何でしょうね。でも、自分は今まで生きてきて、本当に悪い人に会ったことがありません。不良と言われている奴も話をしてみるとその背景に何らかの問題を抱えているのがわかりましたし、職場で若いのに年長のアルバイトとかに辛くあたったりするのは、その人が所謂劣等感というものを抱えているからだと感じ取れました。自身の在り方や如何いった視点・視線で他者に接するかで世界は違ったものになっていくのではないでしょうか。

  • kurinal2
  • ベストアンサー率27% (23/84)
回答No.11

Kengo4230様、こんばんは。 私見ですが 「それは、無いだろ!」という無念が、善悪という考えを生み、ひいては、「神」を生み出しました。 現代では、「政教分離」の下、「それは、無いだろ!」は、法的に処理されるようになっております。 そして「罪を憎んで、人を憎まず」という格言も、生まれました。 「ある信仰」に基づいて人を裁いたりすることは、現代では、非常に危険な行為です。

回答No.10

 何というか人間は、無差別殺人をする人から、すごく社会的に仕事ができる人まで、ものすごい幅広い層に分かれますが、日本人がほぼ読み書きができるのは、そういうような義務教育というシステムがあるからです。一方人間関係である程度、良い人を作るシステムは、何度か書いていますが、3丁目の夕日のような共同体に居ることで、それによって一定の関係の良さが担保されますが、共同体の無い、ただの核家族では、安定したセーフティネットも無くなり、ものすごい家庭による差がついてしまうことが、いわゆる格差ですね。  それを立て直すには、あらためて良き共同体に入らせてもらうしかないとは思います。そういう悩みがたぶん何万人といる時の、受け皿となる共同体が、宗教以外にあるのかどうなのか?まあ精神科やNPOもありますが、宗教家があえて宗教という形をとらないで、NPO的活動されているのも拝見します。

回答No.9

私は今のところ、悪の概念は利己心が作り出した幻だと思っています。 こうした結論はこの学問の場では20年前にいったん結論が出ていました。

回答No.8

あなただけが不備を内面に抱え込んでいませんよ。 ただ研究の場では動物実験の被献体のような、ラッキーなボケだった。 あなたの類例に 私は自由である。私は降伏になる権利がある。しかし私は幸福ではない。 このような質問阻止た人物がいました。というか、あなたやこの手の来客は頻発します。 答えはこう。 あなたには幸福になる権利がある。 しかし、誰にもあなたを幸福にする義務はない。 そうでしょ。 例えばこの事例とかから、あなたの前の悪人の姿をじっくり考えなおしてはいかがですか。 私は哲学研究にネタを提供したあなたを辛辣でも歓迎していて、うっかり迷い込むとひどい目にもあいますが、歯を食いしばると知性の学問に参加できますよ。

回答No.7

ありがとうございました。 私は生真面目に哲学を研究しているので、あなたの質問で以下のような備忘録を作成する研究成果を上げました。 なぜ世の中は悪人ばかりなのかという嘆きに答えた備忘録。 悪人ばかりなのは自分が悪人だからそう見える錯覚だ。 おそらく、この位の助言は冷やかしで本人は了解しないだろう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人は誰もが利己心で考え利己心で行動するという定説めいた了解がある。 あなたの利益と対立する人が単純明快にあなたにとっての悪人なんだよ。 または自己の利己心を満たす善良な行いに、あなたが、その人にとって不利益な場合はあなたを悪人と見なす人物の事があなたに敵対する悪人だ。 その人は、あなたを不利益な悪人だとみなすから、攻撃的に自分も悪人に仮面ライダー変身してあなたを攻撃するんだよ。 質問者様に助言しよう。 悪人を見かけることが多いというのは、あなた自身が利己心(我欲)を行動規範にしているから、自己に利益を提供する人物を見かけないのだよ。 喜んで他人に親切にしている良き人は、あなたと同じ世の中を全員いい人ばかりだと見ている。 天国に生きるか地獄に生きるかは本人次第だ。

回答No.6

人は誰もが利己心で考え利己心で行動するという定説めいた了解がある。 あなたの利益と対立する人が単純明快にあなたにとっての悪人なんだよ。 または自己の利己心を満たす善良な行いに、あなたが、その人にとって不利益な場合はあなたを悪人と見なす人物の事だ。 あなたを不利益な悪人だとみなすから、攻撃的に自分の悪人になるんだよ。 質問者様に助言しよう。 悪人を見かけることが多いというのは、あなた自身が利己心(我欲)を行動規範にしているから、自己に利益を提供する人物を見かけないのだよ。

  • oska2
  • ベストアンサー率44% (2301/5118)
回答No.5

>世の中、良い人ばかりじゃないのは何故なんですか? この世は、二面性の世界なんですね。 太陽があれば、月がある。 光があれば、影(闇)がある。 男がいれば、女がいる。 火があれば、水がある。 善があれば、悪がある。 神があれば、悪魔がある。 つり合いが取れているのが、この世の中です。 最近では、「白黒つけるのは悪」という考えを持った方が増えていますがね。 >僕は30年生きてきてあんまり良い人間に出会った事がありません。 質問者さまの言う「良い人間」とは? 自分の価値観と100%同じ価値観を持つ他人(親族含む)は、存在しません。 他人の嫌な点を見るよりも、良い点を見る様に務めるのも人間です。 (良いところは直ぐに忘れても、嫌なところは忘れないのも人間) 夫婦にしても、「一番近い他人同士」ですよね。 価値観の異なった者同士が、あらたな価値観を生み出すのです。 >どんな天使な人と出会いまたはどんな悪魔な人に出会い騙されるかなんてのは神のみぞ知るのでしょうか? こればかりは、神でも仏でも知らないし分からないでしようね。 将来の事は、誰にも分かりません。 分かったふりをするのが、占い師であり心理学者であり宗教家です。 「東大医学部若しくは慶応医学部に合格しますように!」 ただお祈りしても、神も仏もどうする事も出来ませんよね。 「ここまで受験勉強しました。本番では全力を出せますように!」 これは、心理学的にも宗教的にも正しいお祈りです。 質問者さまも、割り切る事が必要かもね?

回答No.4

やはり焦点は「悪いやつ」の定義では? 何をもって「悪いやつ」なのか だと思います 法律に照らして ならばわかりやすいですが、 とんでもないことばかりやっているけど「いい奴」は結構いるものです すると、「悪いやつ」の定義は何か? それを言葉にするとどうなるのか? あるいは、映画の登場人物であればどんな人か と言ったらどうなるでしょう さらに、たいていの人間は自分は「いい人」と思っています あるいは、自分の属する集団をいい人たちだと思っているものです ウクライナの国民はウクライナを正義と思うでしょう でも、ロシアにもロシアの正義があります どちらがいい人かは一概には言えません 歴史的ないきさつもあるので、なおさら複雑です 話は飛びますが、映画に出てくるような正義の味方は「いい人」でしょうか 例えばスーパーマンはどうでしょう 彼は私にとっていい人でしょうか もし隣にスーパーマンが住んでいたらどうでしょう 迷惑で仕方ないと思います なんでも正義に訴えられても困ってしまうのです 世の中の多くのことは「だいたい」で進んでいるので、なんでも正しいことをやっていては何もうまくいきません そういってしまっては身もふたもない話になってしまうのですが、 そういうことはありませんか 悪いやつと思っている人とも付き合わなければならないのです 握手ぐらいはしましょう それが付き合いというものでしょう さらに、あなた自身は周りから「悪いやつ」と思われていませんか たいていの人は半々だと思います 自分が周りの人すべてに「いい人」と思われていると思っている人は危険です そんなことはまずありません それなのに、この世には「悪い人」が多いと思っている それはずいぶんおかしな考え方だと思います この世に「悪い人」が多いと考える前に、なぜ自分はこんなに「悪い人」なのか考えなければなりません 同時に神がいると思っている人も危険を抱えています もちろんすべての人ではありませんが、そのような人は、だいたい騙されやすい人です この人は神様のような人だと思った人の言うことを全面的に信用してしまいます 最近も、他人の言うことを聞いて子供を餓死させてしまった人がいましたよね あれなども神(のような人)を信じてしまった結果なのではないでしょうか

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