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歴史上の名場面となった三竦み状態を教えてください!
こんにちは、歴史に詳しくない歴史弱者ですが、ふと三国志以外の三竦み状態の歴史的出来事があったのか気になりました。 ご存じの方いらっしゃいましたら、教えてくださいませんか? よろしくお願い致します。
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三すくみというのは、じゃんけんのように、「AはBに強いがBはCに強くCはAに強い」という意味ですよ。三国志ではそういう事実はないと思います。 単に三国がにらみ合ったという意味なら、日本の戦国時代関東の、武田・北条・上杉でしょうか。同盟や同盟解消を何度かしています。
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- eroero4649
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戦国時代だと関東三国志が有名です。ドマイナーですが、同じ頃九州も島津・大友・龍造寺の三国志状態でした。九州三国志は「当初大友が多く支配し、龍造寺が台頭して大友が弱体化し、最後は島津が統一しかけたところで秀吉がやってくる」という展開です。 世界史だと、カール大帝が没したことによってフランク王国が東フランク王国、西フランク王国、中フランク王国に三分割されたことがあります。東フランク王国は後のドイツの原型になり、西フランク王国は今のフランスの原型であり、中フランク王国の南部は今のイタリアです。 共和制ローマからローマ帝国へと変わる過渡期に、カエサル、ポンペイウス、クラッススによる「第一回三頭政治」と、そのカエサルの死後に起きたオクタウィアヌス、アントニウス、レピドゥスの「第二回三頭政治」があります。これは歴史のテストの必修問題ですね。 どちらもすぐに権力争いになって一人に絞られました。まあそういうものですね。 ナポレオンにの生涯最大の勝利であるアウステルリッツの戦いには、フランス皇帝ナポレオン、オーストリア皇帝フランツ1世、ロシア皇帝アレクサンドル1世が集まったので「三帝会戦」と呼ばれることもあります。
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ご回答ありがとうございます。 島津・大友・龍造寺は、検索してみますとどうやら九州三国志としてゲーム化もされているようですね。 >>共和制ローマからローマ帝国へと変わる過渡期に これは、そもそも3人の力関係が拮抗していませんからね。 戦争になると脳筋に、エリートが負けてしまったように感じました。 ローマ的には絶対ポンペイウスが勝った方が良かったのに、、、。 アウグストゥスも、とんでもない奴が勝っちゃったと、思いました。 キケロも初めは味方して大いに後悔したそうですね。 >>「三帝会戦」と呼ばれることもあります。 三帝会戦はしましたけど、どうも個人的には三国志状態とはちょっと違いますよね。 基本ナポレオン対ナポレオン以外だった感がありますので。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「三竦み」を誤用しておりました。ご指摘ありがとうございます。三つ巴と言えばよかったんですかね? >>単に三国がにらみ合ったという意味なら、日本の戦国時代関東の、武田・北条・上杉でしょうか。同盟や同盟解消を何度かしています。 日本でもありましたか! 武田、上杉というと川中島の戦いくらいしか思いつきませんでした。 どうも、ありがとうございます。