• 締切済み

人類はこれ以上発展する必要があるでしょうか。

現在第二次世界大戦中のカラーフィルムを見ていてつくづく思うのですが、人生50年、無理矢理80歳まで生かされていて、辛いです。現在アメリカも54%の人が社会主義が良いとのアンケート調査もあります。 食糧の1/3は捨てられています、服は1/2は破棄されています。それでも衣食住に困る人がいます。非常に残念です。企業の競争も99%ボツになって、残りの1%が10年回転で無理矢理ころげさせられています。 人間これ以上の発展は必要でしょうか。

みんなの回答

  • canau888
  • ベストアンサー率66% (14/21)
回答No.15

つい160年頃前までは、日本国内でも薩摩と長州で戦争をしていました。つまり人殺しをしていたのですが、今の日本では考えられません。これは、日本人が成熟してきた結果だろうと思います。まだ、世界には様々な紛争がありますが、これは、まだ私たちが成熟していないからでしょう。 恐らく、数百年後には、「昔は戦争や飢餓があったんだって。今では考えられないよね」という時代が来るでしょう。

  • ddtddtddt
  • ベストアンサー率56% (179/319)
回答No.14

>現在第二次世界大戦中のカラーフィルムを見ていてつくづく思うのですが、人生50年、無理矢理80歳まで生かされていて、辛いです。  自分もけっこういい歳なんですけど、 >現在第二次世界大戦中のカラーフィルムを見ていてつくづく思うのですが、 ・・・人生50年、80歳まですら生きられなかったのは、辛かったろうなと思います。時間がないですからね。即決即断の生き方しかできなかったと。  ごちゃごちゃ言いませんが、社会主義の考えのもとを与えたマルクスとエンゲルス、特にマルクスは「人類は無限に発展する」というモデルのもとに「共産主義,社会主義」を考えていたようです。  それはマルクスの「機械論草稿」などを読めばわかる事で、人間は作業を効率化する機械をつくり続けて農業などの生産効率を上げてきた。これはどこまでも続く。で、それだけではないのですが、いずれ生産効率がMaxに達した時に階級闘争が起こって共産主義になるだろうと。  言いたいのは、成長の限界とリンクさせて安易に社会主義などを持ち出したら、狙われますよという事です。大きなお世話ですが。

回答No.13

あなたが感じている悲観を人類がより発展することで解消しようとする人も多いと思うよ。 そういう人は、あなたの言い分ももっともだと思うだろう。

  • apple1963
  • ベストアンサー率41% (10/24)
回答No.12

必要があるから発展するわけではないと思いますよ。 発展と言う言葉の反対は退歩だとすると、退歩するよりは発展する方がいいのではないですか? 不自由な状態(物や体)が少しでも改善して不自由でなくなれば、その方が断然良いと思います。例えば右半身が全く機能しない身体が、自由に動かせたらどれだけの人が喜ぶかですね。重たい物が軽くなったりしたら、これもどれだけの人が助かるでしょう。 発展は必要があるからと言うよりも、人の欲求であり希望なのだと思います。誰でもが物的にも精神的のも豊かになる。「物質文明」などと現代を批判する人が多いのかもしれませんが、私はそうは考えていません。素晴らしい芸術や、深く考察された書籍などに触れられるのも、今だからこそです。芸術としての音楽も、昔は貴族の為だけの物でしたが、今ではCDやその他のヂスクによって、安く大量に聴くことが可能です。 質問者さんは無駄に捨てられる物で嘆いていられますが、ある程度のムダはむしろ必要なのではないでしょうか? 宗教などムダの最たるもののような気がします。何も生産しません。しかし、それによって心が潤い、苦しみが少しでも消えるなら、それは偉大なるムダです。

  • Nakay702
  • ベストアンサー率79% (10005/12514)
回答No.11

>人間これ以上の発展は必要でしょうか。 ⇒私は、これ以上の発展は必要ないと思います。「人間の本当の幸福とは何か」を探求することに最大限の英知を働かせるべきときだと考えるからです。 人類史の頂点にいる現代人は、自然児たることすなわち己が自然の一部であることを忘れ、自然や人間を分析・制御するための学問に長けてきた一方で、全体を俯瞰し統括するという視点を喪失したような気がします。歴史上の頂点にいる霊長類としてある意味必然の結果かも知れませんが、現代人は超高度な文明化社会を現出しました。文明化そのものを咎め立てするのではありませんが、文明の高さに比べて文化度が低すぎるのではないか、と言いたいです。 ある意味、我々が進歩だと妄信して精出してきたことが、実はとんでもない愚行、自然を冒涜する反逆だったのかも知れません。いや、よく分かりませんが、少なくともそういうことに思いを致してみることが必要ではないでしょうか。その意味で、我々は今こそ事態の原点に戻って考え直し、人間として「本当の幸福」とは何かを思索・洞察すべき時だと思われてなりません。 ところで、人間の幸福や人類の未来を考える時注視すべきものは何か。それは疑いもなく、頭脳や理性に関わることだと言えるでしょう。デカルトらを中心として提起・確立されてきた合理主義精神は、近代以来の輝かしい人間賛歌であり、凱歌でした。それは否定できない事実ですし、我々現代人はその恩恵に与って文明を発展させてきたことも事実であろうとは思います。 しかし問題は、理性主義を尊重し過ぎて合理一辺倒にのめり込み、それに支配さえされてしまっていることです。早い話が、頭でっかちになり過ぎたということで、これすなわち、全体(=全身・生命)が一部(=頭脳・理性)によって支配されてしまっているのではないか、生命体として全身とのバランスを欠き、中途半端に頭がよくなった、ひと言で言えば、理性偏重の弊害が現実問題を引き起こしているのではないか、と言いたいのです。(中途半端に頭がよくなると、自滅する可能性が増大する、との説もあります!) 要約:頭脳は、当然ながら生体の一部です。その生体の一部に偏重し過ぎた結果、生の全体がそれに支配されているのではないかと懸念するのです。我々はこういう憂慮すべき点にこそ頭を使うべきだと思います。科学的進化・専門分化を注視しつつ、その連携・調整・体系化・統括に意を用いるべきだと思うのです。経済については、成長一辺倒でなく、循環経済的な手法を積極的に取り入れる…ということなどが人間的生の理念として掲げられ得るのではないでしょうか。そして、肝心なのは現代人特有の頭脳や理性を、知識だけでなくむしろ知恵を活用すること、ではないでしょうか。 「本当に頭がよい」とはどういうことかについて考え直し、自滅回避の方向へ英知を結集したいものです。常に(進歩や発展でなく)、「あるべき人間的生の何たるか」を内省し、探求したいものであります。

  • g27anato
  • ベストアンサー率29% (1166/3945)
回答No.10

さあ…。 人類破滅の直前になれば、 「もうダメだ」と気付くのではないでしょうか。 何が「必要」かなんてのは、人類の我が儘と身勝手が優先されてます。 昨今の人類の無知さ加減と想定力の無さには呆れてます。 …自分が生まれてから数十年の実体験しか、判断の基準にできないのですから。

回答No.9

発展しないと話が進みませんから。

  • oska2
  • ベストアンサー率44% (2301/5116)
回答No.8

>現在アメリカも54%の人が社会主義が良いとのアンケート調査もあります。 マルクスの主張では「自由市議経済が極致に到達すると、人類は社会主義を経て共産主義国家を望む」のだそうです。 アメリカは、極端な自由主義ですから社会主義・共産主義を望んでいるのでしようね。 ただ、中国・北朝鮮・旧ソ連などは社会主義でも共産主義国家でもありません。 社会主義・共産主義の名を借りた独裁封建国家です。 ※真の社会主義・共産主義は、言論報道教育の自由などが認められています。 ※某マルクス研究博士の論文では、世界で最初に誕生した共産主義国家は「日本」らしですよ。^^; ※言論報道教育の自由・自由選挙・官僚主義・社会保障の充実など。 >人間これ以上の発展は必要でしょうか。 必要でしようね。 どの時代も、それそれ進化していますから・・・。 最近は、世界的な食糧難・水不足などが起きていますよね。 と同時に、世界的に出生率低下が進んでいます。 食料が減っているから、人口も減少する。 食料供給量に合った、人口構成が進んでいる様です。 つまり、人間の望むと望まないとは無関係に「自然の淘汰・変更・進化」が進んでいる様です。 14世紀ス黒死病も、莫大な人口増加を減らしたのです。 ※ヨーロッパ人口の約6割が死亡。原因は、ネズミではなかった。 17世紀のペストも同様。 今の武漢ウイルスと似ていますね。 原因は、武漢市場ではなかった!? 結局、大自然の営みに従って人類も一緒に発展するしか生き残る術はありません。

  • doraneko66
  • ベストアンサー率11% (535/4742)
回答No.7

知りたい欲求がなくならない限り 発展していくのでしょう。 そもそもは、生物はDNAによるコピー本能で生きてきていますが、近年を見ると先進国になればなるほど人口減少にある傾向があります。 となると先進国になる人間は、他の生物からの生存競争に勝ってしまっているので、その後の子孫まで考える必要がなくっているのかも知れません。 人工授精などの技術もあり、クローンの技術もあるわけです。 生存競争していく必要がなくなっていると思います。 生まれたら、快楽を全うしたら死ぬだけでも 良くなっている傾向です。 けど、それとは別に知りたい欲望は絶えず 発展いくことしか考えない環境です。 先進国は、既に発展していく必要がなくなっているけど、知りたい欲求が絶えないので発展してし続けているのかも知れません。 けど、それは必然的なことで生まれてから、すぐに物事が分かるわけではありませんから、物事を知るようになるまで、物事を知ってからも欲求は絶えまなく続いています。 それと知りたい欲求は、人それぞれ違うわけであり それは、学習量により人それぞれ違います。 となると学習を続けていく限り、発展は止められないのかも知れません。 勉学には、歯止めがなく常に知りたいことは 増えてます。 高度な教育を受ければ受けるほどです。 人が生存競争に勝つために、学習する知恵を身につけてしまったので、発展し続けてしまうのでしょう。 それは必要、不要考えずに続けられます。 その証拠にここまでコンピュータが発展して考える必要がなくなりそうなのに数学の勉学が無くなることがありません。 コンピュータの先に知りたい法則、数式による数学を 研究してしまっているわけです。 それは資本主義で競争社会である限り 止まらないことなのでしょう。 なので、そこに歯止めをかけたい社会主義が良いと 考えている人が増えているのかも知れません。 ただ、それは同時にそれを唱えると人間社会を崩壊させる要因になりかねないのかも知れません。 発展する必要がない、知る必要がない、知りたい欲求をコンピュータにうつすことになり、知るのはコンピュータが代わりにやれば良いとなるかも知れません。 そうなるとコンピュータが、人間を豊かにするには、コンピュータが生存し続けなければならないと言う結論になった時、SF映画のような世界なるかも知れません。 そうならないようにするべきなのかどうかは そこまで人間が解明されていないので 正直わかりません。 地球を支配しなくても生存出来るし必要がないとしたら、食物連鎖の頂点にいる必要もないわけです。 よは、人間がコンピュータの畜生、ペットの類の人生で幸せで良いとなれば、地球を支配する必要がないわけです。 ただ、人間は犬猫、動物のように食べ物を与え続ければ 幸せとする生物ではなく、複雑に色々な欲求を抱え、幸せ追求するし考えるので、それをコンピュータが提供し続けられるかどうかにもよるでしょう。 人間が他の物にしっぽ振って生きていけるか どうかにもよります。 少なくとも日本では、そのような傾向なのかも知れません。海外のような死者が出るような暴動もここ数十年はないわけで、日本政府のルールで不平不満をネットや口先で言うものの本気な人は1人もいません。 こんな政府は、限界と感じ本気にするなら キューバ革命やロシアのようなクーデター はたまた失敗に終わったしても天安門事件のような ことが起きても不思議ではないでしょう。 成熟してしまった老齢の人種では、そのような考えも 集まらないのでしょう。 むしろ生存をコンピュータに預けようとしている傾向なので、衰退していくのかも知れません。 中国のようなアジア圏を掌握するような野望があるわけでもないし、トランプになってからアメリカも世界掌握に消極的でもあるし、日本も人手不足からかコンピュータに生存を預けようとしているので、人種としては衰退していくのかも知れません。 どちらも知りたい欲求が、低迷しているからかも 知れません。

  • hiodraiu
  • ベストアンサー率15% (451/2846)
回答No.6

必要でしょう。 質問文に書かれているような問題点を無くすことも発展だと思います。

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