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人に相談されない関係を造る人(教育問題から)
- 保育園や幼稚園から教えられる社会性の重要性について疑問を呈しています。
- 一方で、一辺倒な優秀さを追求する教育組織には問題があり、弱い者へのいじめや嫌がらせが横行している場合があることを指摘しています。
- さらに、戸塚校長のカウンセリング否定や自己肯定感を重視する発言について疑問を抱いています。
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パレードの法則と言うのがあります。 大まかに言うと優秀な人だけを集めた集団で何かを成し遂げようとすると全体の成果はその構成員の2割が8割の成果をあげて残りの8割の構成員で2割の実績を上げる。 と言うものです。 似たようなもので働き蟻の法則もあります。 それは構成員全体の2割が全体の成果の8割を上げて2割の構成員はサボって成果を上げず6割の構成員はサボらない程度に働くと言うものです。 どちらの法則でも2割の優秀な構成員をピックアップして新たなプロジェクトを立ち上げてもその中の2割の構成員が全体の8割の成果をあげて優秀者だけを集めたハズなのに2割の構成員はサボってしまうと言うものです。 人間は集団で生活する生き物なのでどんな集団でも同様の構成になります。 出来る人間だけを作り出す事は不可能ですしサボったり消極的な人間を排除することも出来ません。 イジメに負けない人もイジメに負ける人も同様の構成になります。 出来る人間は2割、出来ない人間も2割 それは指導者にも言えます。 しっかり指導出来る人間は2割 全く指導者に相応しくない人間が2割生まれてしまうのが集団の宿命です。 戸塚ヨットスクールは何人もの行方不明者や自殺者を出しています。 それは今でも変わっていません。 イジメの克服は指導者がいくら頑張っても2割を越える事は出来ません。 その2割が卒業すると次の2割が克服すると言う流れになります。 同時に2割が落ちこぼれ脱落して行きます。 全員が克服出来て社会復帰出来る訳ではありません。 誰でも頑張れば成長出来ると言う事も嘘ではありませんが同じ団体、集団の中ではあり得ません。 自分に合った集団や団体を上手く見つけられれば克服出来る可能性は高くなりますがそれを見つけられない場合には負のスパイラルに入り込みどんどんネガティブになってしまう事もあります。 出来る人間が一生涯幸せに過ごすとは限りませんし出来ない人間が一生涯不幸とも限りません。 唯一言えることは自分で自分の生きる道を閉ざさないで少しでも前を向いたり横を向いたりすることで新たな道を見つけられれば人生は好転する可能性があるという事です。 世の中の優秀と自負する指導者ほど無能な人はいません。 その人は指導した人間が優秀であっただけの事が繰り返されただけの事です。 必ず指導しきれなかった人間も2割はいたはずです。 その指導しきれなかった人間の事を思いやる事が出来る指導者が優秀な指導者だと思います。
お礼
ご回答有難うございました。 どちらの法則でも2割の優秀な構成員をピックアップして新たなプロジェクトを立ち上げてもその中の2割の構成員が全体の8割の成果をあげて優秀者だけを集めたハズなのに2割の構成員はサボってしまうと言うものです。 優秀な人材を集めてもそうなるという事ですか? やはり、働き蟻の心理とよく似ていると思います。 出来る人間だけを作り出す事は不可能ですしサボったり消極的な人間を排除することも出来ません。 出来るだけの人間も任せておけば良いがついていけない人もいたり、 いまいちであっても潤滑油になっていたり、縁の下の力持ち的な役割をはたしていたり、 (狂言のシテとワキ 漫才のぼけとつっこみ) これをすると企画し、活動し、実行するが、 その実行を見据え、その人に付いていくが、受け、足りないところを補おうとする人、 そういう人も必要であることが伺われました。 世の中の優秀と自負する指導者ほど無能な人はいません。 その人は指導した人間が優秀であっただけの事が繰り返されただけの事です。 必ず指導しきれなかった人間も2割はいたはずです。 その指導しきれなかった人間の事を思いやる事が出来る指導者が優秀な指導者だと思います 指導しきれなかった人を駄目と切り捨て、自分は優秀だというのは あくまでその指導者の自己満足であり、たまたまそれについていけた人がいただけで、違う方法を知らない、認めたくないという度量の狭さであると思います。