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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:いじめ肯定論を説く人の心理は?)

いじめ肯定論を説く人の心理は?

このQ&Aのポイント
  • いじめ肯定論を説く人の心理や社会的存在に関する意見の違いについて考えます。いじめを肯定する人は成果を重視し、メンタルの傷付きも受け入れる傾向があります。一方、普通に指示を聞かない人には恐怖による服従を重視し、いじめを肯定する組織に属することで暴走を抑えることを目的とする人も存在します。しかし、いじめや暴力を好む人は自身の気質に合っている組織を求める一方、それについていけない人は死ぬ方がましかとする考えもあります。
  • 一部の人は方向転換を進め、環境を変えることを提案しています。例えば、ヨットスクールの戸塚宏氏は訓練の厳しさだけでなく、いじめや暴力を推奨し耐えられない人間は認めないと主張しています。彼は幼稚園で子供たちを殴り、絶対的な強者になることを目指す方法を教えています。暴力や縦社会を求める人々はこのような体制を好む一方、それについていけない人は死んだ方がいいとされることもあります。
  • いじめ肯定論を説く人の心理には、成果や服従を重視する傾向があることがわかります。一部の人は自身の気質に合った組織を求め、暴力やいじめを積極的に行います。しかし、それについていけない人も存在し、方向転換や環境の変化を提案されることもあります。いじめ肯定論には賛否が分かれる問題であり、社会的存在にすることの意味や方法についても議論が必要です。

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.5

教養レベルが低く動物的なので心理というか、本能のままに何も考えていないだけです 他人の立場になって考えたり、他人の気持ちを理解しようとは全く思わないだけです 未だにそういう人たちが多数いますよね 口にはしないけど、そう思っている人を含めたら大多数でしょう 綺麗事を言っている連中にだって、実際に自分が面倒をこうむる側、利益を欲する側になれば簡単に肯定派に変わるでしょう 全ては加害者に甘い社会構造に問題があると思いますね ただ実際には弱い個体がどこまでも弱く社会経済においては役立たずが多いというのも現実なので、持ちつ持たれつの関係を自ら招いているというのもあります どこからいじめでどこからが鍛えているなのか線引きも難しいですが・・

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》教養レベルが低く動物的なので心理というか、本能のままに何も考えていないだけです 他人の立場になって考えたり、他人の気持ちを理解しようとは全く思わないだけです 未だにそういう人たちが多数いますよね 私の学生時代にも苛めや暴力を先導切って行うタイプは親もその様なタイプが多かったと思います。 その様な感覚が悲しいですが又次の世代に伝播していくのかと思います。 だから、取り敢えず枠組みに入れるのは、体罰と云う事に成るのかと思いますが、家庭の躾なるものが根本かと思います。 》綺麗事を言っている連中にだって、実際に自分が面倒をこうむる側、利益を欲する側になれば簡単に肯定派に変わるでしょう 全ては加害者に甘い社会構造に問題があると思いますね ただ実際には弱い個体がどこまでも弱く社会経済においては役立たずが多いというのも現実なので、持ちつ持たれつの関係を自ら招いているというのもあります どこからいじめでどこからが鍛えているなのか線引きも難しいですが・・ 叱責でもパワハラと云う事も有りえますし、 人権を無視した行為でも名誉や収入を得られれば耐えて行ける(スポーツの体罰等)と云う事もあるかと思います。 唯未成年でも度を過ぎた行為は厳しい罰則を設けた方が良いと思います。

その他の回答 (7)

noname#247941
noname#247941
回答No.8

申し訳ないですが、戸塚さんのやり方は現在では否定され非難されてます。 https://youtu.be/PqbtV7ARmKU https://youtu.be/rhdlgT3kMDE https://youtu.be/AJwUbnffC44 https://youtu.be/ik41ocpgLJM

noname#250543
質問者

お礼

有難うございました。 やはり、本能や生命力を鍛えると云う事だけで、 人間が持つ思いやり等に触れていない、 戸塚校長が「死亡者は弱い」それで通しているので、 体罰よりもそれで支持者も少なく成っているのではと思います。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11074/34516)
回答No.7

私も質問者さんはいじめ肯定論と暴力容認論をごっちゃにしていると思います。 表題はいじめ肯定論ですが、質問文の中身は暴力容認論の話ですよね。いじめは「全員で無視する」みたいな陰湿なやつもあります。

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》私も質問者さんはいじめ肯定論と暴力容認論をごっちゃにしていると思います。 暴力だけでなく、密告(変な噂を流す)無視も苛めかと思います。 》表題はいじめ肯定論ですが、質問文の中身は暴力容認論の話ですよね。いじめは「全員で無視する」みたいな陰湿なやつもあります。 確かに戸塚宏氏は「体罰(いじめ)」によって相手を進歩させると云います、そして暴力だけでなく、コーチへの密告等をさせたり、古株には新入りを苛めさせたりと云う事も有った事を何かで読んだことがあります。 スパルタもある程度なら達成感や連帯感も生まれると思いますが、いじめ肯定論は一寸可笑しいと思いますし、 このスクールで訓練生同士の繋がりを一切聞かないので、 「苛めるか苛められるかという世界」 で自分たちに逆らえない様にこの様な体制を取ったという事かと思います。

noname#250543
質問者

補足

指導として厳しいのは納得できます。 唯、これがどう相手が受けとめるかが難しい処かと思いますが、 戸塚宏校長はヨットの訓練や寮生活にも「進歩させる苛め」は良いと云っておられます。 https://totsukayachtschool.com/izime.shtml

  • Don-Ryu
  • ベストアンサー率24% (256/1051)
回答No.6

いじめ肯定論者の理論って意外とシンプルで、 「私はいじめられたことがない、なぜなら私は清いから」 「この子達(いじめっこ達)も本当は可哀そうな子達」 です。 だから、信念をもっていじめを肯定します。だから、厄介。 人権派弁護士の野党議員と同じです。 そして彼女ら彼らにとっていじめっ子を守ろうとする=いじめっ子を見下す の現れです。見下しているからこそ、憐みや情けをかけます。 西洋人は子供を殴らない、なんて言いますが、西洋人の場合はキリスト教の伝統からずっと幼い頃から地獄、悪魔と言ったある意味キリスト教世界の恐怖を叩きこまれるので、本心では親に正面から見据えられて注意されるだけで、ものすごい恐怖を覚えるのだそうです。 日本とは全然違う。日本の親、教育者は勘違いをしています。 戸塚校長と尾木ママがいじめっ子を巡って喧嘩を始めたら、普通の感覚の持ち主なら、戸塚校長の味方をすると思いますよ。

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》いじめ肯定論者の理論って意外とシンプルで、 「私はいじめられたことがない、なぜなら私は清いから」 「この子達(いじめっこ達)も本当は可哀そうな子達」 です。 だから、信念をもっていじめを肯定します。だから、厄介。 人権派弁護士の野党議員と同じです。 そして彼女ら彼らにとっていじめっ子を守ろうとする=いじめっ子を見下す の現れです。見下しているからこそ、憐みや情けをかけます。 これが、日本が犯罪者に甘い社会に成っているのかと思います。 体罰せずに小学校でも暴れる生徒は逮捕位にすれば良いと思います。(仰られた様にこれがルールと西洋は叩き込まれるそうです。唯日本でニートと云うと唯引きこもっているだけの人が多いのに対し、西洋のニートはそれで小中でも見捨てられ行き場が無く、家庭で暴力を振るう人もいるそうです) それ故に人権派の野党議員や弁護士もあるのかと思い難しい処かと思います。(死刑に値する者も居るが、やはり更生の余地もあるという意見もあり?)

noname#250543
質問者

補足

ご回答ありがとうございました。 》西洋人は子供を殴らない、なんて言いますが、西洋人の場合はキリスト教の伝統からずっと幼い頃から地獄、悪魔と言ったある意味キリスト教世界の恐怖を叩きこまれるので、本心では親に正面から見据えられて注意されるだけで、ものすごい恐怖を覚えるのだそうです。 日本とは全然違う。日本の親、教育者は勘違いをしています。 この様な事は必要かと思います。故に先祖から受け継がれてきたものや地獄と云うものも教える事は必要かと思います。そして、欧州では小学生でもいじめや暴力でクラスの秩序を乱したと隔離される法律が有り、これは有効かとも 思えます。 》戸塚校長と尾木ママがいじめっ子を巡って喧嘩を始めたら、普通の感覚の持ち主なら、戸塚校長の味方をすると思いますよ。 尾木直樹氏の「どんな時も体罰はいけない」と云うのは少し飛躍す過ぎているかと思いますが、(私は時と場合により、どうしても口で云っても聞かない時や罰則としてこれは悪いと思う事も有るので、時にはと思うタイプです。)尾木氏も野放しにするのは無く、法や罰則でいじめや暴力は取り締まれと言う感覚であります。 戸塚校長は「苛めはあった方が良い」「恐喝や殺人に発展しない程度の苛めなら良い」と云う感覚です。 スクール内でああしないという事を聞かない子に対する荒療治と云うのは理解できますし、まともな会話の通じない人も居るかと思いますので、その点は解るのですが、 特に反抗的で無い純粋にヨットがやりたい人にその様な人が苛めや暴力を行っても「あれで強くさせる」「お前がとろいからいけない」等と云います。つまり恐怖で自分(校長 指導者陣)には従えば、新入りの苛めは認めて貰え、 そこからコーチに昇格した者も居たそうです。

回答No.4

典型的な古い日本人か、リベラルかの違い。 「怒ってくれてありがとう。」は日本人特有です。私が幼少期に住んでた国でそんな事言ったら大爆笑かガチギレされます。

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 国によって文化の違いで捉え方も変わってくる事が伺われました。

  • agehage
  • ベストアンサー率22% (2752/12073)
回答No.3

厳しい指導とイジメは違います あなたの中でそれが混同されてるので疑問に思うのでしょう 一度指導をする立場になってみると良いと思います

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》厳しい指導とイジメは違います あなたの中でそれが混同されてるので疑問に思うのでしょう 一度指導をする立場になってみると良いと思います 確かに、昔なら当たり前に叱られる、と云う事が通用しなくなったという事は聞きます。 故に私が資格を取る研修を受けた頃(30年近く前)と 今の若い人(10代)では感覚も変わり、今指導する側にスタッフとして関わって居りますが、その違いは感じます。 唯当時叱責や罰則は受け容れておりましたが、 たまに指導する側に自分がした様に出来なければ認めない的な人が居り、これは可笑しいと思ったのです。それは指導者の度量かとも思えますが、その様な事からパワハラ等の問題が出て来たので難しい処かとも思えます。 唯私の資格研修等は暴れる等すると、当時でも今でも退所に成ります。 戸塚ヨットスクール等はその様な人が藁にもすがる思いで頼る処なのでああせざる得ないのかと思いますが、唯普通にヨットがやりたいという人にもあのやり方でしないといけない、それに耐えないと根性がない 弱いで片付けているので問題なのかとも思えます。

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.2

1。 暴れる人や縦社会を望む人はこの様な体制が好きで、 非道をしていなくても付いて行けない人は死んだほうがましという事なのでしょうか?  そういうのは、ない方がいいと思います。 2。僕は肯定論者でも、否定論者でもありません。しかし上下関係の順序を作るのは、何とか山で、お山の大将猿がいることからも、鶏も突っつくのと突っつかれるいわゆるペッキング・オーダー、があるように、人の野性に近いものと思われます。 3。大家族制の頃は上のものには「兄・姉らしくしなさい」とか「末っ子だからといってわがままをして人に迷惑をかけてはいけません」と父母や祖父母から絶えず注意されていました。  それが少子化とともに一人っ子やふたりっ子が増えて、核家族化のため制止力がなくなったことも一因だと思います。 4。ところが一歩外へ出ると、大国は小国を、金持ちは貧乏人を、△大出は、□大出を、組頭は組員を、校長は教師を、教育長は校長を、古株は新入りを、いじめは実在します。  「いじめはあってはならない」のは非現実的な寝言に過ぎないので、対抗策を教えなくては、子供達が可哀想です。

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》1。 暴れる人や縦社会を望む人はこの様な体制が好きで、 非道をしていなくても付いて行けない人は死んだほうがましという事なのでしょうか?  そういうのは、ない方がいいと思います。 私も同感です。がこの様な人が居るので深刻化、弱肉強食 の感覚は無く成らないのだと思います。 》2。僕は肯定論者でも、否定論者でもありません。しかし上下関係の順序を作るのは、何とか山で、お山の大将猿がいることからも、鶏も突っつくのと突っつかれるいわゆるペッキング・オーダー、があるように、人の野性に近いものと思われます。 これは本能故、自然な事だが、それを抑制すべく法律や道徳があるのだ思います。 》3。大家族制の頃は上のものには「兄・姉らしくしなさい」とか「末っ子だからといってわがままをして人に迷惑をかけてはいけません」と父母や祖父母から絶えず注意されていました。  それが少子化とともに一人っ子やふたりっ子が増えて、核家族化のため制止力がなくなったことも一因だと思います。 これも2から繋がるかとも思えますが、地域や家族を担っている、お前(個人)だけでなく、可笑しな行動をすると、周りに迷惑をかけるという事が抑止力に成っていたと思います。 》4。ところが一歩外へ出ると、大国は小国を、金持ちは貧乏人を、△大出は、□大出を、組頭は組員を、校長は教師を、教育長は校長を、古株は新入りを、いじめは実在します。  「いじめはあってはならない」のは非現実的な寝言に過ぎないので、対抗策を教えなくては、子供達が可哀想です 法的な罰則を設ける、学校も酷い苛め加害者には厳罰化する等が必要かと思います。

noname#250664
noname#250664
回答No.1

法の元にはいじめは犯罪です 肯定論者、単純です、自分の身を護るためです どんな犯罪でも同じことが言えます。

noname#250543
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 》法の元にはいじめは犯罪です 肯定論者、単純です、自分の身を護るためです どんな犯罪でも同じことが言えます。 多分、自己弁護しており、(どんな人でも言い訳は出来るので)そうしないと自分がやっていけないと云う人が悲しいですが居ります。しかし罰は受けないといけないと思います。