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大村湾が湾である理由を教えてください。

大村湾が湾である理由を教えてください。 奇妙な質問に聞こえるかもしれませんが大村湾はなぜ湖でなく湾なのでしょうか。 グーグルマップで見る限り、大村湾と東シナ海を結ぶ海峡(?)…西海橋のかかる辺りです… は幅にして数百メートルしかなく、サロマ湖とオホーツク海が接するサロマ湖第一湖口よりもずっと狭いように見えます。 子供になぜサロマ湖は湖で大村湾は湾なのかを訊かれて答えられませんでした。 詳しい方お教えくださるとありがたいです。

みんなの回答

  • tzd78886
  • ベストアンサー率15% (2590/17104)
回答No.5

昔からそう呼ばれてきた、それしかないでしょう。島根と鳥取の間にある「中海」は、文字通り地元では昔から「海」と見做されることが多かったですが、「湖」ということになっているようです。

  • jkpawapuro
  • ベストアンサー率26% (816/3045)
回答No.4

はっきり言って海と湖の間に明確な定義はありません。 昔からの慣習に従ってそう呼ぶだけです。 (国際法除く) 実際のところ水が汽水か海水かの違いは多そうです。 一つわかりやすいのはサロマ湖は昔はおおむね閉鎖されていて、雪解け水などで水位があがるときだけ海と出入りできました。そこに人工的に穴をあけたもので、もともとの姿が湖です。 浜名湖などは汽水湖と呼ばれ薄い塩水です。 大村湾は海水です。 おそらく塩水なので昔から海として扱われているのでしょう。

  • fujic-1990
  • ベストアンサー率55% (4505/8062)
回答No.3

 「なるほど、不思議だ」と思ったので、ちょっと調べて見ました。  大村湾の水深は中央部で約10m、針尾瀬戸で30mだそうです。もちろん浅い所もありますが。  実は私薄暗くなった時刻に、大村城へ行ったことがあるのですが、城跡の一角に水がすさまじい勢いで噴き出している井戸状のものがありましたね。たしか「塩辛いので飲めません」と看板に書いてあったような記憶があります。  呑む気にならないほど勢いよくかつ大量に噴き出していたので、舐めてもみませんでしたので記憶は曖昧ですが。  つまり、大村湾は多少深くて、湧き水が塩辛いほどの塩水(=海水)なのではないでしょうか。  他方、サロマ湖は最大深度が約20mで、『長い砂州で海と隔てられ、三里浜(湧別町)とワッカ(北見市)の2カ所にある人工排水口で海とつながっている』と書かれています(ブリタニカ国際百科事典)。  グーグルマップが撮影した時はたまたま大潮か、地球温暖化かなにかで砂州(第一湖口?)の上に海水が来ていたのではないでしょうか。本来は海とつながっていない湖のようです。  「汽水湖」だとも書かれていますので、大潮でなくても海水が砂州を乗り越えて(排水口からではなく?)入り込んでいるはずです。しかしその程度で、湖水と海水が入れ替わるほどではない、と考えられます。  つまり、想像ですが、大村湾は海水で、深い。加えて、自然に海とつながっている。  サロマ湖は、汽水で、浅い。さらに、本来、海とは人工排水口でつながっているのみ。  そんな違いなのではないでしょうか。大阪流に言うと、後ろに「知らんけど」が付く状態ですが (^_^;; 。  余談ですが、昔は、琵琶湖のような湖を「うみ」といい、今の海を「潮海(しおうみ)」と言ったんですよ。土佐日記に、「本来腐らないはずのしおうみの辺でふざけ(=腐るの掛詞)合っていた」という一節があります。

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.2

 これは下記のようにカスピ海が「海」か「湖」かで出た話の続きでしょうが、湖は流れを辿ればいずれ海に行き着きます。  ですから、地震でくっついたものも、国の決まりで離れたものもあり、理屈では分けられないとお教えになればいいと思います。  https://okwave.jp/qa/q9656660.html

回答No.1

  国際的に定義があり、湾入り口の幅より奥行きが十分に深いことが条件のようですが、条件に合わない湾がたくさんある 例えば相模湾、入り口の幅に対して奥行きは半分程度しかない。 仙台湾なんてもっとひどい、入り口がどこか判らない サロマ湖は昔は完全に海と切れてたが人工的に切り開き海とつなげた。 瀬戸内海はなぜ湾でないのでしょう。 「昔からそう言ってる」これが理由でよいと思う

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