※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:岡の家 鈴木三重吉)
岡の家 鈴木三重吉 - 童話の世界で夕日の魔法
このQ&Aのポイント
「岡の家」という鈴木三重吉の童話では、夕方にお互いの家の窓ガラスに映る夕日の光景が描かれています。
しかし、朝と夕方の時間差があるため、同時に互いの家の窓に夕日が映ることはあり得ないのではないかという疑問が提起されます。
物語の中で主人公が金の窓を見つけるために冒険し、最終的には自分の家にも夕日が映ることを発見するという展開があります。
「岡の家」という鈴木三重吉の童話があります。
これによると、夕方にお互いの家の窓ガラスに夕日が映って
金の炎で燃えているように見えた、というのです。
しかし、朝と夕方に時間がずれればこそ、こう見える位置関係はあり得ますが、同時に互いの家の窓に夕日が映って輝くは、あり得ないのではないでしょうか?
こういう位置関係って、ありますか?
(お話)=漢字のルビが本文の後にくっ付いているところはご容赦ください。
岡の家 鈴木三重吉
岡の上に百姓ひゃくしょうのお家うちがありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父とうさんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上あがると、何十町か向うの岡の上に、金きんの窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見えて、きゅうに、ひょいと光がきえます。そして、もう、ただのお家とちっともかわらなくなってしまいます。男の子は、日ぐれだから金の窓もしめるのだなと思って、じぶんもお家へかえって、牛乳とパンを食べて寝るのでした。
或日あるひお父さんは、男の子をよんで、
「おまいはほんとによくはたらいておくれだ。そのごほうびに、きょうは一日おひまを上げるから、どこへでもいってお出いで。ただ、このおやすみは、神さまが下さったのだということをわすれてはいけないよ。うかうかくらしてしまわないで、何かいいことをおぼえて来なければ。」と言いました。
男の子はたいそうよろこびました。では、今日きょうこそは、あの金の窓の家へいって見ようと思って、お母さまから、パンを一きれもらって、それをポケットにおしこんで出ていきました。
男の子にはたのしい遠足でした。はだしのまま歩いていくと、往来の白いほこりの上に足のあとがつきました。うしろをふりかえって見ると、じぶんのその足あとがながくつづいています。足あとは、どこまでもじぶんに、ついて来てくれるように見えました。それから、じぶんの影法師かげぼうしも、じぶんのするとおりに、一しょにおどり上ったり、走ったりしてついて来ました。男の子にはそれがゆかいでたまりませんでした。
そのうちに、だんだんにおなかがすいて来ました。男の子は道ばたのいけがきのまえを流れている、小さな川のふちにすわって、パンを食べました。そして、すきとおった、きれいな水をすくって飲みました。それから、食べあましたかたいパンの皮は、小さくくだいて、あたりへふりまいておきました。そうしておけば、小鳥が来て食べます。これはお母さんからおそわったことでした。
男の子はふたたびどんどん歩きました。そして、ようやくのことで、たかい、まっ青な、いつも見る岡の下へつきました。男の子はその岡を上っていきますと、れいのお家がありました。しかしそばへ来て見ると、そのお家の窓はただのガラス窓で、金なぞはどこにもはまってはいませんでした。男の子はすっかりあてがはずれたので、それこそ泣き出したいくらいにがっかりしました。
と、お家からおばさんが出て来ました。そして何かご用ですかと、やさしく聞いてくれました。男の子は、
「私わたしは、うちの後うしろの岡の上から見える、このお家の金の窓を見に来たのです。でも、そんな窓はなくて、ただガラスがはまっているだけですね。」と言いました。おばさんは、くびをふって、
「私の家はびんぼうな百姓ですもの。金などが窓についているはずはありません。金よりもガラスの方があかるくていいんですよ。」
こう言って笑いながら、男の子を戸口の石だんにこしをかけさせて、お牛乳ちちを一ぱいと、パンを一きれもって来てくれました。おばさんは、それから、男の子とちょうどおない年ぐらいの女の子をよび出しました。そして、二人でおあそびなさいというように、うなずいて見せて、ふたたびお家へはいって仕事をしました。
その小さな女の子も、じぶんとおなじように、はだしのままで、黒っ茶けた木綿もめんの上着うわぎを着ていました。しかし、その髪の毛は、ちょうど、男の子がいつも見ている光った窓のように、きれいな金色をしていました。それから目は、ま昼の空のようにまっ青にすんでいました。
女の子は、にこにこしながら、男の子をさそって、お家の牛を見せてくれました。それは、ひたいに白い星のある、黒い小牛でした。男の子はじぶんのお家の、四よつ足の白い、栗の皮のような赤い色の牛のことを話しました。女の子は、そこいらになっているりんごを一つもいで、二人で食べました。二人はすっかりなかよしになりました。
男の子は、金の窓のことを女の子に話しました。女の子は、
「ええ、私もまいにち見ていますわ。でも、それは、あっちの方にあるんですよ。あなたはあべこべの方へ来たんですわ。」といいました。
「いらっしゃい。こっちへ来ると見えるのよ。」と、女の子はお家のそばの、すこしたかいところへ男の子をつれていきました。そして、金の窓は見えるときがきまっているのだといいました。男の子は、ああきまっている、お日さまがはいるときに見えるのだと答えました。
二人は小だかいところへ上りました。女の子は、
「ああ、今ちょうど見えます。ほら、ごらんなさい。」といいながら、向うの岡の方をゆびさしました。
「ああ、あんなところにもある。」と男の子はびっくりして見入りました。しかし、よく見ると、それは岡の上のじぶんの家でした。男の子はびっくりして、私はもうお家へかえるといい出しました。そして、もう一年もだいじにポケットにしまっていた、赤いすじが一すじはいった、白い、きれいな小さな石を、女の子にやりました。それから、とちの実を三つ、びろうどのようなつやのある、赤いのと、ぽちぽちのついたのと、牛乳のような白い色をしたのと、その三つをやりました。そして、またこんどくるからといって、おおいそぎで走ってかえりました。女の子は、男の子があわててかけてかえるのを、びっくりして見おくっていました。きらきらした夕日の中に、いつまでも立って見ていました。
男の子は、息をもやすめないで、どんどん走ってかえりました。しかし道がずいぶんとおいのでお家へついたときには、もうすっかり暗くなっていました。
じぶんのお家の窓からは、ランプのあかりと、ろのたき火とが、黄色く赤く見えていました。ちょうど、さっき岡の上から見たときとおなじように、きれいにかがやいていました。男の子は、戸をあけてはいりました。お母さんは立って来て、頬ほおずりをしてむかえました。小さな妹も、よちよちかけて来ました。お父さんはろのそばにすわったまま、にこにこしていました。お母さんは、
「どこへいって来たの? おもしろかった?」と聞きました。
「ええ、ずいぶんゆかいでしたよ。」と男の子は、うれしそうにいいました。
「何かいいことをおぼえて来たかい?」とお父さんが聞きました。
「私は、じぶんたちのこのお家にも、金の窓がついているということをおそわって来ました。」と、男の子はこたえました。 〔おしまい〕
お礼
あ、わかりました! NO.1のhue2011様もごめんなさい。私がバカでした。 なるほど、こうやって絵にかいてもらえると理系でなくても分かります。 なるほど。 両方に家に多様な角度の窓が色々あるのでない限りは、年中毎日は見られませんね。さすが。
補足
山の上の「金の窓」を、平野側から見てきた経験が邪魔をして、先入観を捨てきれませんでした。入射角・反射角が10度ぐらいの事例です。