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知的障害者は嫌い?
小、中、高、大学、などなど、どれでもかまいません。みなさんのクラスの中に、「行動がちょっと(またはとても)かわっていて、勉強もあまりできない」ような人がいたとします。 先生であるあなた、または同級生であるあなたは、その子にどのように対処すると思いますか? あるいは、実際に見たり聞いたり体験したことなど教えて下さい。 よろしくお願いします。
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私は先生でもない 同級生もいない30代なので 質問にこたえる資格が薄そうなのですが、。。。 覚えてる範囲で、子供のときに、知的障害がある人にやさしくもできてないし、 かわいそうだから(先生に言いつけたり、し返すことも逃げることもできないので.)いじめちゃダメだといわれたので、意地悪はしなかったと思います.すきという感情は持ちませんでした. (いまでしたら、いじめること自体が恥ずかしくてかっこ悪いことだから、相手に障害があってもなくてもするな、というと思います.) あしが悪いとか、というのは、 理由も分かりやすいし、普通に話ができる友達、ということとおもっていて、 知的障害というのは、そういうこととは違うと思っていたし、 身体に障害があってうまくしゃべれない人が身近にいて、 その人のことを、大人の人たちは、 「あたまはいいのよ。」といっていたこともあって、。。。 8さいくらいまで、正直、知的に障害がある人は、感情もないのかな?と思ってました. (いま、そうではないことは、知的障害のある人と接する機会があるので、 間違いだったと思うのですが.) 私が小学校時代にみたひとたちは、表情も言葉もあまり、なかった気がします. そしていつのまにか、いなくなってしまっていた. どこにいったの?とか なんでほかのこと違うの?と、そういうことを(知りたい気持ちから)親に聞いたりすると、 そういうことをいってはダメだ、おまえは冷たいこだね..で終っていた気がします. 親自身も 詳しくは、知らなかったのかも… 18のときに、ひょんな事から、知的障害か、自閉か、その両方を併せ持っているのか、 今でもよくわからないのですが、そういう人と ひとつきほど、一緒にすむことになりました。 見た目はおばさん、でも、18の私よりこどもっぽい話をする人… 同じ質問を何度もする人.. はじめは、面食らってしまって、どうしていいのか、何を話していいか、わからなくて ものもいえず、ご飯がのどを通りませんでした.でも、何がきっかけか… 彼女が、すう十年前にチラッと見ただけのわたしの母のことを 覚えていたからだったか、うたがすごくうまくてビックリしたからか、 丸薬を惑星直列みたいに並べて飲み込むクセが おも白くて一緒に笑ったり、 私の方言を直そうとしてくれたり、 ここで最初の友達ね、といわれたり… あら?ラジオのダイヤルを回していて雑音が音声に変わってはっきりとわかったような瞬間 が、いくつか繰り返しあって、 その人が好きになってしまい…実際その人は、どこへ行っても、かわいがられ、大事にされてました. もちろん、電車の中ででっかいこえで話すし、動きも独特で目立つし、 じろじろ見られるんだけど、本当に害は与えていないし、あまり気にならなくなり、 一緒に色々あそびに行きました。 私を好いてくれてるのが ストレートに出してくるのが、嬉しかった. 緊張したりすると、繰り返し同じことを言ったり、手をばさばさ動かすんですけど、 わたしが、えへへ。。。ぴた!というと、にっこりして 手をひざにおいて、動かさなくなったり… (私のことを)お姉さん、自分のほうがおばさんだけど!といってましたので、 どこかで(障害のことを)分かっていたと思います. 私が引っ越すときに、わかれるときは もうその地方に行くことはない、これでお別れ!と思っていたので、 二人とも泣きました.(わたしはこっそりいつまでも、彼女は おいおいと大きな声で.) その後、わたしは 自分の赤ちゃんを彼女に抱っこしてもらったり あやしてもらったりする機会(彼女のお母さんは 彼女にそういう部分があったということに、非常に驚いてたみたいです.落とさないで!といってましたが、落とさないということは 見ていてはっきり分かってました.)もあったんですが. 話は 対等にはできない.それはそうかもしれないです。 でも、何かを共有してるし、好きだという感情は ありました(もちろん今でもあります.).それが奇麗事とかいうひともいるかもですが、 そんなことは構わないです.彼女と私はわかってるんで。 さくらももこさんが、どの本か忘れてしまったのですが、 クラスにやはり障害のあるクラスメイトがときどききていて、 おどろきや、大人の様子、などが 普段どおりの口調で かかれているのですが、 あるとき そのこの書いた絵を見て、”何もかも”がかかれていること…(普段見ないもの、見えても無視するものがすべて) をみて、さくらももこさんがそのことを、 ”何か私のある部分のスイッチが入った.(略)それは彼のおかげだ.” と、言う風な文章がありました.(手元になくて ニュアンスがちがっていたらすみません) そのぶぶん、私もうなづく部分があります. わたしの子供も、ガードレールの裏を書いたりするんですよね. ねじの数、ねじを抑える金具までぴったりとかいてます. ガードレールのねじの数がどう並んでるかなんてどーでもいいことみたいですけど… で、このこ(うちのこ)も 障害があるんですが、 このこと、自分の周波数を合わせるセンス?が、私にあるとすれば、それは18のときに彼女と一緒に過ごしたおかげです. 知的障害や、自閉といわれる 大人の人や子供が、数人、すれ違うときに、 知らん顔をしてても、こっそり私の服のすそをつかんだり、 他にたくさん人がいるのに、わたしに ちょっと手を上げて挨拶したり、 彼の言う言葉が わたしにはわかるときがあるんだー というとき 内心、ちょっぴり自慢です. んで、知的障害、知的障害のないじへい、どっちがいいとか、 特殊な才能があるからすごい、尊敬すべきとか ないからどうとか、そういう事は私は感じないです. ほかのご回答にもあるように、好き嫌いは、それぞれ、障害に関係なく…です。 ちなみに、うちのこ.幼稚園のときは、靴をゴミ箱に捨てられた、服に すないれられた。。OO君はしゃべらないから馬鹿なんだよ!。。。。が多発.(普通のこ同士も そうやってじゃれあうのかな?不明.) 1年経ったいま、障害児学級と普通学級を行ったり来たりしてますが、 うちの変わった子に、チャンネルを合わせるのがうまい子が多く、 ほんとにうれしそうに毎日過ごしてます. やはり、先生の対応が違うんだと思います. ”OOができる子がすごい、皆も見習おうね.” それはそれでいいんです. でも、できることに価値がある、できないことは恥ずかしくて劣ってる、 と、無意識にでも先生が思ってれば、子供も嗅ぎ取るし、真似ると思います. ”OO君はあれができません、これがおかしいです、もっと頑張らせてください… このままじゃ、小学校行くともっと、大変ですよ.” これって ↑大人でもこんなこといわれて うれしい人はいないでしょう… ちなみに、障害児に理解がある教育!と掲げていましたが。 今 幸いうちの子を持ってくれてる二人の先生(普通、障害児クラスで二人) は、 正直に、でも子供がわかるように、いろんなこがいて OOくんは、これが苦手なので障害学級にいます.障害がなくても、いろんな事情の子供がいます.でも、 どの子も それぞれ かわいいんだ、っていってくれてるみたいです. 障害があるといって特別扱いはしてないです、とおっしゃるとおり、 間違ったら ちゃんとしかってもらってます. (こういう先生が一人でも多くいたら、いいなあと思います.) 長文すみません.
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- keeps
- ベストアンサー率18% (25/132)
直接の回答にはならないかもしれませんがこんな話があります。 自閉症患者のなかには、ある特定の分野でなみ外れた能力をもつ者がいます。NHKの番組でやっていたのですが、数字の記憶に関する能力が並外れていて、健常者が1時間かかる数字の入力作業を10分でやってしまう自閉症患者がいるそうです。 一概に障害者を偏見の目でみるのは間違っていると思います。
お礼
ありがとうございます。 私は、「普通のひと」というのは、ある意味で「いいかげんさ」を利用しながら生きているように思います。今日の朝かわしたおしゃべりをそのうち忘れる、一週間前に立てた計画が完全に実現できてなくともまあまあ妥協する、一ヶ月前の朝見たニュースなんて覚えてない、、などなど。私達が「普通」としてかかげている生活は、クルマのハンドルのあそびのように、あいまいな」部分をたくさん含んでいる様に思うのです。自閉症、アスペ、ADDなどは、それらのうちの、ある部分に関する「いいかげんさ」をとっぱらってしまった人たちなのでは、と思います。「普通の人」ができることができない、のではなく、テキトウにすましていることを、適当にすませずに、ある部分の能力を純化して引き延ばしちゃった人たちなんだろな、と思います。つくづく、人間って、複雑に出来てるンでしょうね。。
- overtone
- ベストアンサー率22% (191/833)
「知的障碍者」って括りが なんとも。「こどもが嫌い」「年寄りが嫌い」って感じでしょうか?それとも「クラスのデブは嫌い」って感じ? 人はそれぞれなので「括って」しまうとわからないですよ。知的障碍者でも 嫌いなタイプだったりそうでなかったり。 (外観からの先入観があって当然ですが)その人と話をしてみたりして、気に入るか気に入らないかでしょうね。とにかく その人と話したり 接触しないと何もわからんです。 「先生」って「教師」のことをさしていると思うのですが、教育者が 人を括って見ていたら この国の行く末はおしまいですね!終わってるかもっっ!!
お礼
ありがとうございます。 おっしゃるとおりですね。私もそう思います。 今の50代、60代以上の世代のかたたちの中には、自分に直接関係なくても、「障害を持つ」人に強い嫌悪と偏見を抱いている人が多いように感じています。ところが子供にはもともとはそのような気持ちはないのでは?と思いこのような質問をしてみました。子供がどのような目線を持つか、は大人の写しですよね。overtone様のような人が町中にあふれればいいなと思います。お元気で御活躍ください。
- sion99
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中学生の時に特殊学級というのがあったのですが、そのクラスにいた男の子がですね、いつも体操服の短パンをはいていたのですが、いつもその短パンの上から股間をいじっていたんです。 いわゆるマスターベーションをしていたんです。 それを見るのがイヤでした。 何をしてくるかわからない(と思っている)ので、嫌と言うより怖いと感じていました。 遠巻きに見ているほうです。
- kabochan
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私は小学校で同じ学年に2人、中学校で矢張り2人(1人は重複します)知的障害者の同級生が居ました。 つまり小中通して3人居たわけです。二人は後天的知的障害(幼い頃に高熱が出てその結果。後は、抱きかかえるのに失敗して落とされてそうなってしまった)でした。 中学で知的障害者を特別視(つまり、変な子だとか、かわいそうだとか)してはいけないという担任の先生が居て、運動会の時に、知的障害のある子が応援団長になりました。私たち生徒は彼女に協力するようにしていましたが、その担任の先生は蚊帳の外から見ている感じで、彼女がうまくできなかったりするとにやにやしながら見ていました。 また、給食の時にその子がおかわりをしようと思ったのにおかずが無くて、おかわりできず、ダダをこねて、その場にひっくり返ったことがありました。そのときもその担任の先生はその子を見て笑っていたのです。 中学では、生徒側(つまり私たち)は、彼女たちができないことを手助けして一緒に学校生活を送ろうと接しているのに、その担任の先生は彼女たちのことを特別視(私はその担任の先生の目が彼女たちをさげすんでいるように見えました)しているように感じました。 私は彼女たちと小中学校をすごすことができてよかったと思っています。彼女たちは私たちができるようなことができないことは多かったですが(たとえば勉強)、優しい心を持っていて、私は彼女たちの手助けをしながら、実は彼女たちにいろいろなことを教えてもらったと思っています。 伝わりにくい内容になってしまいましたが、参考になれば幸いです。
お礼
ありがとうございました。中学生くらいになると、先生がどのような規範をかかげるか、に大きく左右されるみたいですね。その先生の言葉に素直に従ったkabochan様も、心のやさしいかたですね。中学生の多感さ、むしろ大人の欺瞞を感じとってしまうとは驚きです。変わった子がいても、それがすぐに「嫌い」にはならないのですね。「実は彼女たちにいろいろなことを教えてもらったと思っています」すべてを語っていますね。謝謝
小学校2年の時、隣の席になった男の子が特殊学級に年度の途中で行く事になりました。 その子の席の隣になった子は、腕をつねられたり、物を隠されたりしました。 された子はおとなしい女の子ばかりでした。 私は、隣の席になった時、物をはっきり言う子供だったので大丈夫でした。 その子の成績はクラスでも下のほうでしたが、もっと成績が悪かったり子供心に変わった子?と思う子が他にもいました。 (知的障害など当時子供だったのでわかりませんでした。) 担任がある時「●●君は小さい時病気で高熱が出てしまったので今度から愛組(あいぐみの名称で特殊学級を呼んでいました)へ行く事になりました」と挨拶をしました。 本当の理由はわかりませんでした。 でも確か先生が親を学校に呼んで特殊学級に勧めたみたいです。その子よりもっとヒドイ?子供でもわかるくらいの子にも特殊学級を勧めたようですが、親が拒否して転校してしまいました。また、別の子も親が拒否して普通学級にいた子もいました。 その子は授業について来れないし、運動学力ともに学年最下位のほうでした。 特殊学級に行った子、行かなかった子どちらが良いか私はわかりませんが、特殊学級に行った親は決断は苦しかったと思います。 でも運動会などその子が出るときは元クラスメートだったので皆●●君頑張って!と応援したのを覚えています。 特殊学級でも成績はトップだったのでずっと特殊クラスの委員長をやっていましたし、他の生徒のリーダー的存在でした。 普通クラスでは落ちこぼれてしまうかもしれませんが、特殊クラスに行った事で、そのクラスでは優等生でした。 生き生きしていました。
お礼
始めはいっしょで途中から特殊へ。貴重なお話をありがとうございました。小学校2年生、まだ難しい事はわからない時期かもしれませんね。本人から問題を起こさなければ、周囲から悪意と共にはじき出されることはあまりない、と考えていいですか?むしろ親御さんたちが、大変な精神的苦労を背負っているようですね。教室の中には、大人にはわからない「感覚」があるのでしょうね。再々、ありがとうございました。
- sanbi
- ベストアンサー率22% (54/237)
以前、別の質問で私が答えた文章をコピペします。 小学1年のころの話です。 クラスメイトに知的障害の男の子がいました。授業中に突然暴れ出したりして、私は彼が怖くて怖くて遠巻きに彼をいつも見てました。 ところが、席替えであろうことか隣の席になってしまったんですね。(今考えると極端に怖がる私を見かねた先生の陰謀かも?(^_^;))もう私、絶望してその日1日泣いてました。 ところがところが、ちゃんと彼と接してみると、やさしいんですよね。ぜんぜん怖くない。すっかり仲良くなって、彼の家に遊びに行ったりしました。 その後の私ですが、 高校生のときに交流会で養護学校に行ったり、 大学で必須ではない障害児教育の勉強をし、養護学校の先生の資格をとったりしてます。 今考えると、小学1年生のときにあの彼と出会って友達になれたから、障害者に対して偏見がない(というか興味がある)私があるのだと思います。 小学1年生で大切な出会いをしていたんだなぁ・・・としみじみ彼に感謝しています。
お礼
ありがとうございました。いまの大人の中には、世の中が昔よりも悪くなった、と考えている人がたくさんいるみたいです。でも、sanbi様のお話を知れば、昔よりも絶対によくなった部分もあるのだ!!と、胸をはりたくなります。きっと、始めの一歩がわからない人が多いのでしょうね。「かわりものくん」達も、しっかり世の中に貢献しているのですよ、本当は。でも、それを知らない人がとても多いみたいですけど、、。
- mi-shiba
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ダウン症の姪っ子がいます。 すこし、知的障害はあります。 彼女は、特殊学級に通っていました。 同じぐらいのお友達は偏見で見ていました。 怖がったリ、笑ったりです。 彼女は純粋で、かわいいと思っています。私たちが失っている物『純粋な心」、をもっていて素晴らしいと思います。 彼女はうち『おばさんの家」が好きで、よく遊びに来てくれます。 これからも、交流を大切にしたいです。
お礼
ありがとうございました。「障害」ということば、暴力的で傲慢ですね。なにか「標準」があっての「不足」を意味したいのでしょうが、彼らが「普通」の人たちよりも沢山もっているものについては、あまり評価されてません。まだまだ知らない人が多いようですね・・・mishiba様のような、恵まれたかたをのぞいて。謝謝
- nyannmage
- ベストアンサー率24% (201/821)
小学校では、特殊学級がありました よく休み時間に部屋に遊びに行き遊んでました (おもちゃが沢山あったので) しかし、その学級の人は見た事はありませんでしが・・ 同じ同級生でも変な子はいましたね 教室でその子だけ好きな絵をかいたりして授業は受けず、真冬でもはだしでたまに授業中でも外を走り回ったり ちょっと失礼な事を言ってしまいますが貧しくて洋服もあまり買わないし、お風呂にもあまり入らなくてはっきり言って臭い子でしたが だけど先生も私達も何も感じてませんでしたね 子供だったからだと思いますが 初めて見た時からそうだったから何の疑問も有りませんでした 好きにやらせる 何をしても何も言わない 大きい声を出したりして授業の邪魔とかはしなかったので先生にとってはそれで良かったのか? 皆頭の悪い子だとは、思ってましたが (多分健康体だと思うのですが) 小学校5年生になって初めて担当になった先生がそんな子でも真面目に算数を教えてたんです その子もちゃんとやってました(床で書いてましたが)それでテストでちゃんと人並みの点数をとって皆を驚かせてたのが印象に残ってます 中には、カンニングしたって言う子もいましたがそれは無い筈です 今思うとその子は、見た目だけで判断されて取り残されていたのでしょうか? 唯一その時の担当の先生だけがしっかりと皆を見てくれて 本当に生徒から慕われていました 結果、そういう人が居たらどうしたらいいか? はその人の状況にもよるので何とも解りませんがあまり無関心でも逆に関心を持ちすぎてもいけないと思います 程々に距離を持って暖かい心で見守るしかないと思います
お礼
貴重な体験をありがとうございました。 立派な先生がおられたのですね。また、小学生くらいでは、大人とは違う眼を持っている様ですね。
お礼
ありがとうございました。私もその「スイッチ」ONになってますよ。それは一回はいると、二度とOFFにはならないスイッチのような気もします。他人の能力や不出来にきびしい視線を持つ人は、自分の無能や失敗にもきびしくなりがちで、やがて自分自身の調子を崩してこわれていく、、、のを何度か見てきました。私はそのスイッチがはいったおかげで、まあ、あまり立派な者でもありませんが、日々それなりに楽しく生きていられます。私達は、まだまだ自分自身の事を本当には理解していないんだ、と思いますよ。96148さまも、きっと日々楽しく生きるコツをきっと御理解しておられると思います。どうぞそのままでお元気で暮らしていかれますように、。
補足
みなさまいろいろなお返事ありがとうございました。 子供の目線はほんらい無色でしょうが、結局は大人が嫌な色に染めてしまうのでしょうね。少数派のみなさん、がんばりましょう!!